|
|
| 聴 法 録 108 |
聴法録108-1
人間の生涯で、最も重要なのは内在する真実の私えの改善である。この改善は人間の使命である。この行為が貴重な理由は、人生の誤りを減少させ、喜びを増進させるからである。
蛹を見よ、蛹が飛ぶ力を得るまでは、働き続けている。人間の力が彼に劣っているのでは情けない。石に噛り付いてでも、内在する真実の私の発展のために働くがよい。そうすれば、内在する真実の私も、蝶のように早く翼を付けることが出来よう。
徳義の完成は内在する真実の生命への努力による
福音書に「天なる汝の父の完全なる如く、完全なれ」とある。これは、人間の実質はその努力によって、神(真実の生命)のように完全なものとなり得るから、努力せよ、という意味ではない。人間が、その徳義の完成を神(真実の生命)を標準としていると完全なる神(真実の生命)の徳に近づき得る事を示したものである。
物質界の発展は、一気呵成的なものでなく、漸進的である。学問も同じことで、一朝には成就しない。また罪悪に打ち勝つことも同様で一気には為し得ない。他の拡充もまた然りである。総ては、賢明なる判断と、たゆまぬ努力によってのみ到達し得るものだ。
真理は出来上がったものとして、人に与えられるものでなく、人間の努力により掘り出されたままの素材として与えられるものである。善行も同じ事だ。善行そのものよりも、善に進む努力が、私達により大いなる喜びを与えるのである。
「日々を新たにして、また日々に新たにせよ。」
実験を行わず、また行っても何等の効果なしとて落胆するな。人が知らないままに疑っていることを調べをせずに、調べたとて何の効果もあるまいとて落胆するな。
善に於いて研究したが、善の本質を説き得なかったとて落胆するな。善を行なうとして全力を尽くしたが何の効果も無く、一人為し得る事に十人の力を要し、一度でできる事に百度を費やすも成就しないことで落胆するな。努力を重ねているうちには、一丁字なき者にも学識備わり、弱者も強者よりも強くなり、悪癖するものも遂に善人の仲間入りをするようになる。
|
聴法録108-2
習慣や惰力によって行う善は、真の善ではない。善の生涯を送るためには、心からなる善の発動に努力するより他はない。
「努力は徒労である。完全なる生涯は到底得られないから‥‥」というを止めよ。完全なる生涯に猛進すべき責任と義務を、私達は持っているのだ。
人々よ、心中に潜む悪について、「私は悪から遠ざかっている。だから悪に触れることはない」などと考えるな。滴水もやがて器に満つ。小悪も積もれば、人の心にあふれてくる。人々よ、心中にある善を粗略に扱って、「私には善を行なう力がない」
などというな、滴々と注ぐ水は石に穴をあけ、僅かでも積む善は、悪に染まった罪を洗い落とすではないか。
生涯から悲哀をよけ、喜びに、満ち溢れるようにと考えるなら、その愛を人間は勿論、動物まで及ぼせ。常に善人たらんと欲するならば、善の行為を学べ。自己の訓練を、善によって為さんと欲するならば、常に悪を排し、自らの心を責めねばならぬ。この行為が、習慣になれば、動物にも、人に対する如く善を行なうことが出来、心は常に喜悦に満ち満ちてくる。
善行というのは、特別の場合や、特殊の条件によって為されるのではない。平凡な不断の努力による賜物である。
|
|
|