本文へジャンプ
             聴  法  録  115

聴法録115-1
愛は現在のみにある
人間の生涯に於いて、最も重要なものは愛である。愛は、過去にも未来にも無い。唯、現在にあるのみだ。

愛の要求が具体化されるのは、過去や未来に拘泥しない行為の内に於いてのみだ。


愛は、内在する真実の生命のうちに潜んでいる力である。だから、現存の如何なる瞬間に於いても、内在する真実の生命は具体化の力を持っている。

善には、現在あるのみで、未来はない。善である愛は、現在に於いてのみ発動するものだからだ。

未来を妄想せず、現在の自己と他の人との生涯を楽しく喜ばしいものとせよ。「明日の事は明日考えよ」という教えは真理である。現在は、こうして楽しく喜ばしいが、将来の事は、誰にも解らないのだ。現在における愛の行為のみが、人間の生涯に必要である。

愛と善とは言葉上の相違こそあれ、その意味は同一である。愛は、他人の幸福のためにある。という裏書を持っている。将来に大いなる愛を約束したからとて、現在の愛を持たないものは、自己を欺き人をも欺くものだ。彼らの為に、真の愛はない未来の愛と称するべきものは無い。現在に愛を持ちえない人は、一切の愛から離れた人である。
聴法録115-2

善を行なう機会があれば、その瞬間に行へ。明日に延ばしてはならぬ。死は、一刻の猶予もなくやってくるからだ。

失った時は再び得られない。行った悪は取り消すことが出来ない

義人であり仁者であり、又謹厳であるために善の行為を逸巡してはならない。生涯に於ける重要事は、病気であろうとも、死に瀕していようと、決して待っていない。世の中は絶えず転変しているし、人間のいのちはあまりにも短い。私達に人の心を付度している暇はないのだ。善を完成するために急がねばならぬ。

善行によって、愛を示す機会があれば、躊躇なく示したがよい。好機会を再び捉へることは至難である。

善人は、自己の善行を忘れてしまう。彼は善行に多忙なので、昨日の善行を覚えている暇がない。

現在の生命にのみ、神(真実の生命)は住む。だから、現在は、人間には尊いのだ。この瞬間を従費してはならない。この瞬間に輝く神(真実の生命)の力を覆い隠さぬために、人間は、その内在する真実の生命の全力を尽くして生きねばならぬ。