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| 聴 法 録 117 |
聴法録117-1
成功すると言う事が前途遼遠なのは、それが大事業のためでも、神(真実の生命)がそうさせるためでもない。事業そのものに、何等の意義を持たないからだと知るべきである。若し、神(真実の生命)を信仰する心を持っているならば、この生涯の重要な事を認め、この現在に於いて万事を成し遂げるように努めねばならぬ。
神(真実の生命)に近づく最良の手段は、その熱情を、現瞬間に注ぐことだ。過去と未来とに、力を注ぐのは、神(真実の生命)から遠ざかる所以である。
「死を忘れるな」という言葉には重大な意味がある。私達が、死の事実を忘れず「いつ死ぬかも知れない」という考えを持っていたら私達の生涯は一変するであろう若し、人間が三十分後に死ぬと言う事を知り得たらどうであろう。馬鹿げたことや、悪事に没頭してはいらでないではないか。然し、五十年後に死ぬのだ、と考えると、人間は全く別な考えを抱くようになる。
善悪は神(真実の生命)が定める
私達の行為の結果が、善いか悪いかを知ることは出来ない。それは無限の世界、無限の時間に於ける私達の行為は、矢張り無限でなくてはならないからだ。
私達の行為の結果を、私達自身で視ることが出来たら、行為の意義が非常に薄弱なものとなるであろう。
「将来の自分はどうなるか、予知できないようでは心細くて生きていられない」という人があるが、甚だしい誤りだ。よい生涯というのは、自分の肉体の運命を思い煩うこと無く、ただ自己に内在する真実の生命の為に、現在何が必要であるかを考えて行動する事にある内在する真実の生命の為に、ただ一つ必要な事がある。それは自己に内在する真実の生命を、全人類に内在する真実の生命と神(真実の生命)とに融合することだ。
一切のものに心を奪われず、ただ神(真実の生命)の意志に従って行動せよ。これこそ、人間の最良の行為である。
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聴法録117-2
フランシスコ曰く「私達の行為は、現瞬間に於いては、自己のものである。然し、その後どうなるかは神(真実の生命)の心のままにある。
一切のものに心を奪われず、ただ神(真実の生命)の意志に従って行動せよ。これこそ、人間の最良の行為である。
人間の行いの結果を考えると、余りに貧弱な事を痛感する。然し、自分の持つ使命は、自分をこの世に遣わしたものの意志を行なうことにあるのだ、と考えれば、大きな自由と喜びとを自覚するようになる。
今までの自分の行動は、一体どんな標準によっていたろうか、と考えると、ただ自我の満足に終始していたことを痛感する。
善き生涯の為に与えられる褒賞は、来世ではなく、現世に於いてである。善を為せば、人間はすぐに喜びを感じる。これが善行に対する神(真実の生命)の褒賞である。
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