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| 聴 法 録 118 |
聴法録118-1
現世の生涯と来世
未来の生涯に関する思想は、絶えず人間を脅かしている。
「死後の人間はどうなる」という疑問は誰でも持っているが、敢えてこれは釈明するの必要はない。生命に未来があるように見えるのは、皮相の観察である。生命と未来とは、凡そ正反対で、生命はただ現在にあるのみだから、来世の問題を論ずるのは無益である現世における人間の、生きる道を知る事によって、私達は満足すべきである。
肉体は、現在という時間の制限下にのみで、未来を知る力は少しもない。内在する真実の生命にも過去や未来がない。人間の生命がはっきりしない点は、その生涯が肉から解脱して、内在する真実の生命化するに従って明瞭になる。
人間は、為すべき労務を正直に、非難されないように実行する義務を持つ。この義務は、ある時は、神(真実の生命)の使いのようであり、又、ある時には、虫けらのようでもあるが決して意に介する必要はない。
善い生涯が続いていると、時間の意義や将来の問題に対する興味が消えうせる。さらに老年になると、時間の経過が速くなり、将来の憂いに対する思考力を失い、現在の状態はどうかを考えるだけで十分だという念が濃厚になってくる。
内在する真実の生命が時間や空間を超越すれば、自己の生命の各瞬間は、永遠の殿堂に入ったのである。
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