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               聴 法 録 13

聴法録13

この私は、何のために生まれ、生きているのか?
それは、もう一人の私、真実の私(内在するいのち)に会うために生まれてきた。生まれたままの私は自分中心(自我)である。その中に真実の私がいる。その真実の私に会うために、この自我があり、その自我に構成されている娑婆がある。
あらゆる苦悩は、この私に、真実のいのちに会わせるためにあるのだ。
真実のいのちこそ、もう一人の私であり、永遠のいのちであり、智慧である。
それこそ私が生まれてきた意味である。

この世間(娑婆)に構成された世界の中に、真実の世界(大いなるいのち)がある。その真実の中に生かされている。そして大いなるいのちの働きによって、生かされて生きている。この真実の私(内在するいのち)に生き。真実の世界(大いなるいのち)に生きる。これこそ生まれてきた本当の意味ではないだろうか。

今日、人々は、自己の本性以外なら何でも知りたがる。しかし不幸にも、自らの真の姿を知ろうとはしない。人に会えば「あなたは誰ですか」と問うても、「私は誰か」と自分に問うことはしない。だが、自分自身を知らない者には、「あなたは誰か」と問う権利はない。そして、真の自己が何かを自覚しないかぎり、至福に達することは出来ない。