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             聴  法  録  131

聴法録131-1
人間は自由に思想する特権を持っている
人間の行為の善悪は、その所有する思想の良否によって定まる。一言で言えば、人間の生涯は思想の産んだ子供である。生涯の正しさを欲するならば、善良な思想を得るようにせねばならぬ。そして、善良な思想を獲得したら、悪思想に染まらぬよう、大切に育まれねばならない。


孔子曰く。「汝の思想を清浄ならしめよ。しからば悪思想は衰え、悪行為は消滅せん」

思想を保護し、言葉を慎み、行為が悪に染まらぬように注意せよ。若し、これに成功したら、賢者の示した道を踏み進め。

人間は神(真実の生命)に仕え、自己を守ること以外の事では、総て天の圏内にある。私達は、鳥に向かって、「わが頭上を飛んではいけない」とか「あの樹に巣を作るな」とか、命ずることは出来ないし、又、「罪悪よ、わが心に入るなかれ」と命ずることは不可能である。然し、悪が私達の頭に巣を作り、子を産まぬようにする力は持っているのだ。

私達は、心に湧き上がる悪念を駆逐することは不可能だが、悪念の出現は不祥事だということを知っている。又、この悪思想に従わぬように努力する方法も知っている。自分の心に、この人は悪人であるという思想が現れた場合、それを考えない訳にはいかぬが、それを拒絶し、敢然として、その支配をさけることは出来る。又、人を非難したり、裁いたりするが、悪であると思ったら、これを拒み、遠ざけることが出来るのだ。

その思想が、有意義なものであるように望むならば、感情や、地位の高下に囚われずその体験したこと、又、行わんとする所に従って、一直線に進んで行け。思想を変えたりすることは、百害あっても一利はない。