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| 聴 法 録 154 |
聴法録154-1
虚偽
ある事件が起こった場合、真実を述べて、これに従って行動することが、特に必要だと考えるのは誤っている。真実に従って行動することは、場合如何や、事の大小に関係なく常に必要である。不誠実によって現れる大小の悪は、憎むべき厭うべきものだ。人々よ。虚偽によって、自己を朽ちさないように意を用いよ。
その生涯が道に叶はぬものであった場合は、これを隠蔽せず肝に銘じて将来を戒がよい。真実は、永久不変のものであるから、間違った生涯を送っていると、容赦なくこれを責める。私達は、不誠実、虚偽を是正するための準備を、常に整えておかねばならぬ。
私達は真理を愛し、虚偽を憎む、だが、私達の生涯に関することに就いては、真理よりも虚偽を貴ぶ。これは何故だろう。虚偽は、私達の誤った生涯を弁護するが真理は反対に批難を加えるからであろうか。
古い迷妄に代わって、真理が人間の心に入り込む。この真理の鏡に照らされて、虚偽は看破される、真理は益々輝くようになった。然し、少なからぬ物質的利益を持つ虚偽は、それが習慣となっているために、全力を尽くして自己を弁護している。こんな場合にこそ、真理を勇敢に宣揚すべきである。
真理を体得しようと願うならば、先ず、真理を探せ。真理を探すものは、自己の物質的利益を捨てて清浄な心でこれを求めよ。
真理を、徹底的に宣揚するのは、総ての場合に困難である。完全な真理を得ることは、常に不可能であるからだ。人に宣伝には、うっかり乗せられ易い。十分に自戒して、彼らをおそれよ。彼等は真理の敵であるばかりでなく、私達の敵でもある。彼等は絶えず虚偽を信頼しており、他人にもこれを服従させるようにとしている。
不正や不義を看破して攻撃するのは全く痛快である。だが、自分の不義や不正に気付いて自らを非難するのは、更に痛快である。
虚偽による誘惑は、いかにうるはしくても、結局誘惑に陥ったものを苦しめる。真理を探す場合に苦しむことがあるが、この苦痛は慰籍を伴っている。虚偽は常に複雑で、互いに絡み合っている。これから逃れる方法は唯一つ真理に向かうより外にはない。蓋し、真理には救いも含まれているから。
濃い雨雲がこの世界を覆っている。この雨雲は、何故光を放さないのだろう。何ものかが邪魔をしているだろうか。何か危険が含まれているように思われる。人間が天与の智慧によって生きていかず、欲情の発情によって生きていこうとし、誤った知恵を働かそうとしているのだから、危険は目前に迫っているのだ。人間は苦痛を嫌うて救いを探しているが、一体、何物が彼を救うであろうか。救いは、智慧に従って生涯を送り真理に従って、神(真実の生命)と人とに奉仕することによって来るものだ。
虚偽は、人々のうちに在る神(真実の生命)を、私達からさえぎってしまう。愛は、神(真実の生命)と隣人との間にある隔壁を取り除く。愛ほど貴いものはない。
古くから続けている生涯を、更に継続していくのは正しくない。新時代にふさわしい生涯を見出す必要がある、と私達の経験は示している。然し、世人は、新しい生涯を探してこれを獲得する代わりに数百年前の人々が、必要としていた慣習を失はぬように努めているのは、誠に遺憾である。
真理は、人間の不正や罪悪を如実に示してくれる。この真理をおそれさけることは人間最大の不幸である。
真理が本物だという証拠は、その純真と明瞭とにある。虚偽は、如何なる場合にも複雑で気障で不明瞭だ。
智慧に協う思想は、時に社会に入れられず孤立に陥ることがあろうとも、やがてはこの世に大いなる力を有し、多数の人を指導するようになる。民衆教導者、迷える世態の改革者の言葉には、強い信念が含まれていて、その力は人々の間に響き渡る。その影響する範囲が狭いと、音響が強烈で、人々の心を動かし、これに就いての批判や思想の進展を促して、奉公心を誘発させる。義人は、これ等の事を知る知らぬに拘わらず、口をとじて語ろうとはしない。真理による言葉が、一度発せられたなら、その真意を悟ざるにいても、世人を益することは多大である。そして、その効果は永久に消滅しない。
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