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| 聴 法 録 172 |
聴法録172-1
生命は時を超越するゆえに過去も未来もない
死は、私達と宇宙とを連鎖している。「時」観念を私達に与える或るものを、破壊するものは死である。だから「未来」に関する問題は、死と私達との関係に於いては、無意味である。
「時」は、私達の眼前から「死」を隠ぺいする「時」に於いて生きる限り「時」の停歩を考えることは不可能だ。
「死」について、私達は十分考えようとはしない。私達の天性は動と働きとであるが死は永遠の休憩であり不動であるから、私達にはこれを考えることさえできぬ。
未来の生命の有無に関する問題は、「時」を動くものと考える結果である。「時」を、総てのものの、存在に対する必須の条件とするか否かによって死が生じる。時が、総てのものの、存在条件となり得ない得ない立派な証拠がある。それは、「現在」というもの。即ち生命を持っているという意識がそうである。更に、未来の生命の有無を定める問題については、私達の持つ「時」の観念が確実であること、つまり、現に私達が持つ生命の意識があるか否かによって、定まるのである。
人が自己の生命を「現にあるもの」と考えれば、「未来の生命」というものはあり得ないである。 |
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