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             聴  法  録  174

聴法録174-1
死は内在する真実の生命を脅かさない

肉体は、真実の生命の自由を束縛し、その範囲を厚い壁のようなもので制限する。真実の生命は常にこの生涯に戦いを挑み智者はこれを突破して、真実の生命を肉の捕虜から解放しようとしている。死も、その働きを永続することは不可能であるから、正しい生涯を送っている人には、死はそんなに嫌うべきものでない。却って、歓迎すべきものとなろう。

動物としての人間は、死に、反抗するが、内在する真実生命の具頸者としての人は決して死は敵対しない。むしろ、彼に従って動く。

若し、死を嫌うべきものとするならば、それは死の方にその原因がなく却って私達の心にある。善人や聖者は、心にわだかまりがないから、死を恐れない。彼らのためには、死は存在しないのである。


汝は死を嫌い恐れている。だが若し、現在のように永久に生きることになったら、一体汝は自己を如何に処理しようとするのか。

死を恐れるような熱情で、死を羨望することは、智慧ある方策ではない。

賢明な人の生涯は、自分前方数十歩の所に燈火を吊り下げて、往く手を照らすににている。こうすれば、いくら進んでも燈火を追い越すことは出来ない。人が進めばそれだけ燈火も進むからである。こういう生涯を送る人は、死を知らない。何故ならば、燈火はどこまで行っても必ず前方を照らし、聖なる真実の生命の人は、力の続く限り、これに従って進んで行くからである。