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             聴  法  録  176

聴法録176-1
不死なるものよって生きよ
「私達が確かに知っていることが唯一つある。それは、死が私達を待ち受けていて必ず逃がさないことだ」云々
人間の生涯は、部屋を飛びぬけて羽る燕ににている・‥‥という人があるが、正に至言である。私達は、一体何処からきて何処へ行くのか知らないが、必ずどこかへ行ってしまう。沈悠は闇黒が私達の彼方に横たわり、明瞭な影が前方に伸びている一定の時が来れば食をとり、寒暑によって衣服を代える、事業を起こして大資産を得たり、損失を重ねて無一物になったりする。成功者として栄誉に輝き、不成功者として冷ややかな目で迎えられる。
学業を精進して学者として尊ばれ、文盲の人となって人に蔑まれる。‥‥これらの浮き沈みには、如何なる意味が含まれているであろうか。そして私達自身は、神から与えられたる力を、如何に使用したであろうか、又、私達の視力が衰弱し、聴力が減退した場合に、総ての現象は如何なる意味をもってであろうか。神から与えられた真実の生命の本能を発揮し、肉体の滅亡など問題にせずして働きぬく時に、初めて私達は心を安んずることが出来る。

「地上のものは総て一定の場所を占めている。この中の或る者は強く、良い感じを与えるが、偉観と快楽の素因である或るものを失うと、この世界はあたかも大いなる墓地の如くなる。地球の墓穴は、何物をも隠す余地がない。河水や洪水は、行くべき方向に流れるきりで、決して源泉には戻ってこない。
総ては、かく前進するのみである。それは己を無限の大海に葬るためである。昨日ありしものは、今日更になく、今日或るものも明日は消え失せよう。
新しい権力者も政治家も富めるも貧しきも、共に同じ地の中に眼むるのである。彼等、地上に在って驕奢と権力と威容を壇にしたものも、一筋の煙の如く消散して、その名声は、歴史の一頁に刷れた小さな文字に過ぎないのである。ああ、偉大なる者よ、聖者よ、佳人よ。汝等いま何処に在りや。この偉なるものも、総ては腐り果てたる土塊にあらざるか、この運命は、やがて私たちを襲い私達に続くものをも襲うのである。
然し、人々よ元気になれ。真に相愛する人々よ。汝等は共に永久不変の天を目指して進んで行け。その行く手には、壊滅も腐食もないのだ。太陽の光や星のまたたきが鮮明であるためには、夜の闇黒が必要なのであろう。」