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| 聴 法 録 19 |
聴法録19-1
長い年月神仏を探し、見出し一体化したいと願ってきたが
今ここに探さなくても、永遠のいのちと一体となって
生きていたと気が付いた。いや、気付かさせて頂いた。
ありがたいことです。
でも、またすぐ煩悩具足の私にもどる。
南無が、有限のいのちの私であり、阿弥陀仏が永遠のいのちであり
南無阿弥陀仏で、私と永遠のいのちは一つなり。離れることは出来ない。
探さなくてもよい。今ここに一緒にいるぞと呼んでいる。
有限のいのちと、永遠のいのちは一体なり。
親と子は一つなり、子は親から生まれ
親は子のために、子の中にやどる。
共の離れることは出来ない。
私の中に、永遠のいのちが宿っていると
気付いた人のみ親と共に歩む
生活が始まる。
永遠のいのちの中に私はいる
私の中に、永遠のいのちが宿っている。
すばらしい。有限のいのちと永遠のいのちが
一体となって、私はなりたっている。
雨の音を、聴いていると永遠のいのちの息吹を感じる
なむあみだぶつ なむあみだぶつ
あさましい、孫にじゃけんな私がいる
そんな私のじゃけんを照らして下さる親がいる。
ありがたいことです。
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