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             聴  法  録  201

聴法録201-1
生命で活きる人は幸福だ
喜びを以って生涯を送るようにせよ。若し、生涯に喜びがなく、悲しみだけが現れてくるようであれば、その原因を探求せよ。

人がその地位に満足せずに煩悶する場合に、次の方法によって解決できる。第一は生涯の改善、第二は心の改善である。第一の方法は、勝手な時に行うことは出来ない。第二の方法は、その実行権が人間にあるから常に如何なる場合においても行うことが出来る。

人生の目的は、幸福である。だから不幸は恥じなければならない。この不幸の原因になる、不善を行なった場合は、これを他人に告げず、自発的に改善するように努めなければならぬ。

神の津法たる愛は、人間に最良の幸福を与える。愛の実行に際して、如何なるものも、これを拘束することは不可能だ。


人間が初めて生涯の道へ出発するのは、丁度、牧場から連れてきた荒馬に首輪をはめ、梶棒につなぎ、一鞭あてて馬車をひかせるようなものだ。最初は暴れ回って自分勝手に動き、梶棒を折り、馬具を壊してしまう。だが、繋縛されているので、それ以上はどうすることも出来ない。そして、終には自我を捨てて御者の意のままに車を曳くようになる。人間も、この理を看破すると落ち着いてくる

神の意志は確固たるものであって、私達がこれに服従しようが、しなかろうが、構わずに行われる。だから、人間は、その心の持ち方如何によって、幸福も得るしまた失いもする。

「すべて労するもの、重荷を負うものは、我に来たれ。我、汝等を安ぜん。蓋し、我が軛は易く、我が荷は軽きを以ってなり」とキリストは教えた。これは、人間は如何なる困苦や不幸に陥ろうとも、決して落胆することはない。生命は肉と真実の生命との完全なる調和によって生じ、幸福は、内在する真実の生命が主となり肉がこれに従う場合にある。随って、この教えを心に銘じ、その感化を全体に及ぼすなら、愛に依って神に合することが出来、その苦痛や不幸は楽しみとなる。