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             聴  法  録  205

聴法録205-1
善は勝つ
どんな事にも反抗するが、善に対してのみは不可能だ。

個人や社会の平和を促進するためには、悪を凝らすより、善行に精神するのが第一だ。善に進まぬ人は悪を攻撃する。これは、悪を以って悪に報いるものである。悪の攻撃は、却って悪を奨励する結果になる。悪を度外視して、善に努めていると悪は自然に消滅してしまう。

自己の責任の研鑚に智を持ちうる人は、君子に近く、智によって責任の実行を励む人は、他の幸福のみを喜ぶ聖者に近い。責任を果たし得ないからとて恥を知る人は、やがて責任遂行の栄冠を得るであろう。

宗教と道徳とは、密接な関係を持つ、道徳は、宗教が結ぶ事実であり、これによって人と宇宙との関係が定まる。

私達の善行が、ある種の誘因を伴っているなら、それは真の善行ではない。褒賞や賛美を予想した善は、真の善とは言えない。真の善行は、原因や結果に無関係で存在するものでなくてはならない。

太陽の光が世界を照らしている間は、総ての光はその輝きを失っている。このように、善の前にしては、智も才も、如何なる美も、何等の輝きを示さないのである。

底知れぬ温柔は偉大なる人格者のみが持つ特徴である。

善はどんな所でも行える。人が往き、人が住む所なら、いつでも善は行える。又、善を行なう機会がある。

優雅な植物でも、堅硬な土地に根を下し、岩石の割れ目にまで入り込む。善もこれと同じことだ。善の優しい力には、何ものも反抗できず、何ものもこれを抹殺することは不可能である。

好い言葉で悪口に答え、侮辱に温柔を以って対し、右頬を打つ者には、左頬を向けよ。これが、悪を柔軟する唯一の手段である。