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| 聴 法 録 21 |
聴法録21-1
どんな人間苦の中にも、私をして立ち上がらせた力は唯念仏であった。
わが泣く時、如来は我が内に泣きたもう。
わが苦しむ時、如来は我の内に苦しみたもう。
わが悦ぶ時、如来はわがうちに悦びたもう。
我が心身の何処 、みじんの内にもしみつきたもう如来は
我と共に起き、我と共に寝ね、我と共に働き、我と共に叫びたもう。
万人悉く皆私の本当を見てくれない時
我の全部をそのままに、飾らず、偽らず、ありのままに見たまいて
悪しきを叱り、善きをほめ
正しきを慰め、悲しさを励ましたもうもの
ただ彼、如来のみである。
我はいかなる迷路にわけ入るとも
必ず、我に来たりて、離れたまわざるは
彼、如来である。 |
聴法録21-2
自分の心の中に、どんな煩悩が見えようとも
それにまむきになって念仏申すべきである
わたしのような悪人ではと思う心。
自力のはからいである。
わたしのような悪人なればこそである。
如来の正覚華は、泥の中に咲くがゆえに
遊泥華といわれる。
蓮華は、泥の中に咲く
南無阿弥陀仏の蓮華は
煩悩の泥の中に咲く
ゆめゆめ泥をつくねて
蓮華にしょうとしたり
泥をなくして蓮華を咲かせようとしてはならない。
泥のまんまに念仏の華は咲くのである。 |
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