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| 聴 法 録 210 |
聴法録210-1
結論(内在する真実のいのちの為になることでも)
幸福な生涯
総ての生物と、私達との連絡を妨げる一切の障害物を取り除け。
悪事のために定められている罰が、罪を行なったのみに科せられ、それで罪が解消したと思ってはならぬ。私達の罪の多くは、その影響を他人にも及ぼすものであるから、注意が肝要である。私達の行為というものは、自分の子供のようだ。私達の望むように行動するのではなく、その時の心の動きによって、善にもなり、悪にもなる。
大枝から切り離された小枝は、幹とは全く絶縁してしまう。私達が隣人と争うのは、この小枝のように、幹なる人間同士から分離してしまうのである。小枝は、自分勝手に単独では分離せず、切り離される機会によって為される。人間も、道に随っているうちは、しっかり幹に結び付けられているが、嫉妬や増悪、或は悪行為によって幹から切り離されると、この小枝と同じようになる。
神を考えよ
気分が悪いときには神を忘れ、その存在すら疑い易い、こんな場合の自己を救う方法が一つある。それは、神のことを考えることをやめて、その津法と、これが実行方法を考えて、隣人を愛するのだかくすれば、疑念はそうそうに消滅して、爽快な気分が湧き上がってくる。
人間は、空気を吸っていることを感じないで生きているが、呼吸を止めると、空気の存在を感じる。人間は神を失うと、これと同じような感じを持つ。この場合、ただ無意識に苦しんでいることもあり、無意識的ではあるが原因が解らないで苦しむこともある。
神を忘却して行動している時のことを回願すると、私達は神を信じることがいかに重要であるかを明らかに感じる。
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