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| 聴 法 録 225 |
聴法録225-1
私が生まれた本当の意味は何か?
真実の親を探し、見出し、一体化すること。
真実の親とは、そこから生まれ、育てられ、帰るところ。
全てを超越し、超越するが故に、私の内に内在する。内在するが故に、出会うことが出来る、内在する親を信じる程度に応じて現成する。親は全てに満ち満ちている。居ないと言うところなし。
親をただ信じる。このことのみ。信じる程度に従って、内在する親は現成する。信じる程度に従って顕れる。
内在する親をただ信じる。人が何というとも唯これのみ。
真実の親を呼ぶとき、我ここに居るぞとの返事なり。この返事を聴いていくことこそ親との出合いである。この連続こそ親との一体であり、会っていることである。他のことはいらない。此のことをいかに信じるかにかかっている。
まことの信心とは
限りなく遠い存在であり
けして
私に有るはずのない
仏に
いまここで
私において出会う
発見する
その出合いが発見の体験
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