聴法録230-1
謙遜は人間を確固たる地盤の上に立たせる、そのような地盤のうえに立って彼は自分に運命ずけらえた仕事を成し遂げることができるのだ、人間が傲ぶれが傲ぶる程彼の立場は脆弱なものになる。
謙遜は自分を罪多き人間と考え、自分の善事を仰々しくかんがえないところから生じる。自分から人を教えたり導いたりしようと思う者がよく教えたり導いたりすることは決して出来ない。
自分自身のことを誰よりも自分を低く評価する人である。傲慢な人は自己を他の人より分ける事によって幸福を失い、謙譲な人は自らを卑うすることによって十分な幸福を得る。
善き恵みを欲すらなら、或いは悪しき恵みを欲しないなら、自分で自分のことを誉めることをしないだけでなく、他人にも自分のことを誉めさせるな。
要求を殖やすことが完成することでないその反対である。人間が自分の要求を制限すればするほど、彼の中における人間としての、尊厳の意識が増すのである。そしてますますそのひとは自由になり元気を、そして重要なことには神と人々とに仕える力を増さしめ得るのである。
貴方が幸福である為には、一つのことが必要である。それは愛することである。自己犠牲を持って愛することである。在りとあらゆるものを愛することである。あらゆる周囲に愛の網を張ることである。倒れるものを起こしてやることである。自分の心を閉鎖しているすべてのものから清めよ。その時愛のみが残るであろう。
道徳上の努力は、たえずなしつづけられることが必要である。何故なら、肉欲は止む事無く成長してゆくものであるから。人間が精神にたいする修養をとめると直ちに肉体がその人を征服してしまう。
他人の愛を探し求めるな。他人の愛を得ることができなくても、苦しむな。人々はまま悪人を愛し、善人を憎むものだ。人々にではなく、神の心に従うようにつとめよ。
情欲が支配しはじめたことを感ずるや否や自分自身のもっている神に属する性質を呼び出せよ、自分の神に属する性質がなにものかに暗まされることを感ずる否や、それは、情欲のためだと知り、それとたたかえよ。
人が自分自身に打ち勝ったときにのみ、隣人を非難することをしないのである。
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