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             聴  法  録  237

聴法録237-1

神はすべてのものを見るが、私達は神を見ることはない。同じように精神は目に見えないものであるが全てのものを見ているのだ。人間の幸福とは、この地上の生活の不幸を耐え忍ぶことである。何故なら、その人が故国から追われこの世のいかなる喜びをも信じ得ないようになる時にも、それはその人の魂を神聖な孤独のなかえひきいれるからである。又人間の幸福は、その人の意志が清浄であり行為が正しい時に、他の人々がその人を悪人と考え、話し合い、そして反対や非難があびせられる時にあるのだ。何故ならかくのごときことは、その人を恭順の中に支持し、そして空虚な栄誉に対する、浄毒剤となってくれるからである。これが幸福であることの重大なる原因は、次の事実の中にある。即ちこの世を挙げて私達を軽蔑し尊敬することをやめ愛を奪い去るときには私達は自分のなかに存在する神と、確実に話し合い得るようになることにある。私達は、神に十分な信頼をもたなければならぬ、いかに悲しむべき時にも、人間的な慰めに心をひかれることを決して考えてはならない。自己完成の途上に於いては、決して立ち止まってはいけない。もし貴方が自分自身の心よりも外部的な世界の方え興味を余計に感じることがあったら、その時すぐに、貴方は立ち止まったのだと知り給え。世界は貴方の側をすぎていくが貴方はたったままでいるのである。
 
貴方の仕事の結果がどうであろうとも、それは別なことである。ただ貴方自身の心が清浄でそして正しくあるように務めよ。
 
心清き人間は内面的なことに心を煩わすが、外部的なことに対しては平気である。彼は外部的なことを忽せにし、内面的なことを選ぶ。
 
完成するとは、常にますます「自我」を肉体的な生活から精神的な生活えもち運ぶことを意味する。このことのためには、時間というものも、死というものも存在しない。そしてこのことのためには、あらゆることが幸福である。
 
すべての人間の中に神の心が宿っていることを記憶せよ。そして神は、貴方に生命を与えたものである。それ故、すべての人間を愛するだけでなく、神聖なものとして尊べよ。
 
悪口によき言葉をもって答えよ。誹謗するものに奉仕をもって報い、片方の頬を打たれた時に他の頬を差し出すことは、この世の悪を消滅させるための唯一の方法である。