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             聴  法  録  240

聴法録240-1

或る時、私は、ゼネバの司教に「人は完全に至るため、何を為すべきでしょうか?」と質問した。「君は、君の全心情を以って、神を愛しなければならない。」と彼は答えた。「そして、おのれの如く、君の隣人を愛すべきであります。」
「どこに完全が存在するかを、私はお聞きしたのでありません。」と私は押し返した。
「何をすれば、完全に至り得るかをお聞きしているのでございます。」
「それは愛です。」と彼は再び答えた。
「それは手段であり、目的であり、その完全に至る唯一のみちです完全とは、結局、愛そのものです。…恰も霊魂が肉体の生命であるように、愛は霊魂の生命です。」
「そうゆうことは、みんな存じております。」と私は言った。
「しかし私は、どうすれば人は、心をつくして神を愛し、己の如く隣人を愛するようになれるか、それを伺っているのです。」ところが彼は「心をつくして神を愛し、且つ隣人を愛せねばならない」と再び答えた。
「その返事はでは、前のところから、私は一歩も進んでいません。」と私は更に言った。
「どうすれば、そのような愛が得られるか、それをきかせてください。」
「君の全心情をつくして神を愛するにあたり、最善の道、最も近い道、最も容易な道は、神を完全に心から愛することです。」彼は、これ以外の答えを、与えなかった。しかし遂に斯う言われた。
「君ばかりでなく、多くの人々が、完全に至る秘密の道、方法、体系を私に語らせようとするが、私としては、その唯一の秘密または奥義は、神を心を尽くして愛することであり、その愛に至る唯一の道は、愛することによってである、と言うだけに過ぎません。君は話す事によって話すことを学び、走ることによって走ることを学び、働くことによって働くことを学んだでしょう。それと同じように、君は、神と人を愛することを、愛することによって学ぶのです。それ以外の方法によって学び得ると思う凡ての人々は、 皆な自らを欺いているのです。もし君が神を愛そうと願うならば、進んで神を益々愛すべきです。愛の徒弟として始めなさい。すると愛その物の力は、君を導いて、その道の棟梁たらしめるでしょう。愛の道を最も遠くまで進んだ人は決して目的地に到達したと信じることなく、絶えず、進んでいきます。なぜかといえば、愛はわれらが最後の呼吸を引き取るまで、いや増し続けるからです。」

無知の雲より
それゆえ、汝がこのわざ(瞑想のこと)を欲したとき、そうして恩恵により神により召されたと感じた時、汝の心情を優しき愛の動きを以って神にまで高めよ。次に、汝を造り、汝をあがない、汝を召したまいし神を思い、神のほかの思いを心に受けるな。しかし汝が望むのでなければ、これらすべてを要しない。神以外の事を思わず、神に指向する赤裸の一念だけで、充分、足りるからである。もし汝がこの一念をよりよく維持するため、一語にたたみこもうと思えば一音節の短い語を選べ。一語は二語よりも優れている。短いほど霊の働きに、ふさわしい。そういう語は、「神」または「愛」であるどちらでも汝の好む語を選べ。一音節の語ならば、汝の最も好むものを、どれでもとれ。そうしてその語を、どんなことがあっても離れぬように、汝の心情に固着せよ。平和にも戦争にもこの語は汝の盾となり槍となるであろう。この語をもって汝は、汝のうえにあるこの雲とこの暗黒を打て。この語をもって汝は「忘却の雲」の上にある。凡ての思念を打破するであろう。されば、何を汝は欲するかと汝に聞くものがあったならば、この一語「神」または「愛」よりほか答えるな。もし何人かが其の大なる学識を以って汝に其の一語を説明せんと申しでたらば「わたくしはこれを全体として保持したいので切りこまざいたり、解きほぐしたりしたくない」とこたえよ。もし汝がこの目的を堅持していれば、そういう人は必ず立ち去るであろう。
 
何人というも神を心内にもつものは、単純に且つ唯一に、神を万物の中にもつ。かかる人は、あらゆる其の労作、あらゆる場所に神を伴ない、神のみが彼の労作の全部を行なう。彼は神のほか、何をも求めない。神以外のなにものも彼には善とみえない。彼は凡ての思念に於いて神と合一する。如何なる「多」も神を分散せしめ得ぬと同じく、何物もかかる人を分散させ或いは「多」とすることは出来ない。