|
|
| 聴 法 録 266 |
聴法録266-1
「如意なるものと不如意なるもの」
如意なるものと不如意なるものがある、如意なるものは、意見、動作、好き嫌いである。不如意なるものは、身体、財産、名誉、そして地位である。
自己の活動に属するものが如意であり、そうでないものは不如意である。如意なるものに対しては、われわれは自由であり、制限や妨害を受けることがない。不如意なるものに対しては、われわれは影響力がほとんどなく、奴隷であり、他者の掌中にある。この区別を誤解すると、われわれは妨害に会い、悲嘆し、号泣し、神や他人を恨み、非難するようになる。
如意の領分を守るものは、抑圧されることもなく、妨害を受ける事もなく、他人をそしらず、天を恨まず、他人に傷つけられず、他人を傷つけず、天下に怨敵はない。
疾病、死亡、貧困は不如意である。これを避けようとすると、苦悶を免れることは出来ない。土器は破壊するものである。妻子は別離するものである。自分の職務を怠ると生活の資を得ることが出来ないと思うのは、修養を妨害する大魔である。
奴隷心を持ち、美食するよりも、餓死して苦悩を脱する方がましである。無知と言われ無神経と言われるのに甘んじるものでなければ、修養を遂げることは出来ない。
自由であろうと望むなら、去るものを追ってはならないし、来る者を拒んではならない(他人に属するものを好きになったり、嫌いになったりしてはならない。)天与の分を守って、自分の能力を尽くすのでなくしてはならない。分を守るものは卜占のしるしを恐れない。
(常に自分の幸福と利益を得る道を知っているからである。)必勝の分(如意の範囲)を守るものは争うことはない。
誹謗し、打擲を加えるものは、私を侮辱しているのではない。これに対する私の意見が私を侮辱するのである。宗教者でありたいと望むものは、他人による嘲笑、罵言、侮辱を覚悟しなければならない。
他人を楽しませようと(迎合して)心を動かすものは、修養の精神を見失ったものである。
|
|
|