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| 聴 法 録 274 |
聴法録274-1
真実の生命は無我にて候
私も無我にならなければ、真実の生命とつながることは出来ない。
真実の生命の声を聴くことは出来ない。
無我とは、好き嫌い、善い悪い、損得と分別をすることを捨てること。
自分中心の考え、想像、欲望、名利、意志等を照らし出して頂くこと
これらを捨てる事、照らし出して頂くことこそ真実の生命に少しでも近ずくことが出来る。真実の声を聴くことが出来る。自我はゼロになる。
真実の生命こそ100%全てである。自我は100%ゼロである。
私そのものはなにも無い。
私の思いを捨て思いを捨てて行くことこそ、真実の修行である。
聴法録274-2
真実の生命は、真実の生命しか生みつけてはいない。身体(道具)は真実の生命の道具なのに、道具の方を真実として生きてしまっている。
道具は使うためにあるのに、逆に道具に使われてしまっている。それを元に戻さなければならない。道具(身体)を真実の生命の道具として、真実の生命を主にしなければならない。本来の真実の生命を主として、道具を従としなければならない
その為の修行である。「本来の生命は無我にて候う」
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