聴  法  録  299

聴法録299-1

ひとりの男が、人が一杯詰まっている建物の中で「火事だ」と叫ぶと、人々は混乱しそのために何千と言う死傷者が出来るだろう。言葉から生じる害毒は、かくのごとく明瞭である。しかし私たちが、私達の言葉のために身を亡ぼす人々を眼の前に見ない場合でも、同様である。

鉄砲
で打たれた傷は治療することも出来るだろう。しかし人の口でやられた傷は、決して治すことは出来ないものである。

私たちは誰でもいろいろの罪を犯しているものである。
言葉の罪を犯さない人間は、完全な人間であり全ての人々を支配するに足る人間である。見よ、私たちは馬が自分たちの言うことをよく聞きそして自分たちが馬を支配するために、くつわをかませる。身よ、いかに大きくそしていかに強い風に耐え得ても、船は、水先案内の意のままに小さい舵によって導かれる。言葉もこれと似ている。ごく少数の者の言葉でも非常のことを為すものである。小さい火がいかに多くのものを焼くかを見よ。言葉は火に似ている。言葉はそして虚偽を装飾ものである。かくして言葉は、私たちの間にあって、時としてすべての人々を汚し時として地獄の火の如く人の世を焼くものである―賢く思慮ある貴方がたは、まことにまづ智慧と親切とのよき行いを第一にしなければならぬ。

他人の悪口を聞いた時、一緒になって憤慨するな。
人にお世辞を言われた時、いい気になって嬉しそうな顔をするな。
他人の悪い噂を耳にした時、その話の仲間入りをするな。
徳嵩き人々の話には耳を貸せ。そしてその話に幸福を感じ、見習うことを心がけ、喜べよ。
正義の源が広がったことを知るたびに、善き出来事の知らせには心から喜べよ。
良き出来事が一つでも増えたことを知る毎に心から喜べよ。
しかし人間の悪しきことをきいた時には、背中に刺さった針の如く痛々しき感じを持てよ。
そして人間のよき事をきいた時には、それを花の冠の如く身につけよ。

人の争論を耳にしても、その仲間には入るな。たとえいかに些細な言葉であっても、激情と興奮とを警戒せよ。怒りは常に聡明ではない。何よりも正義対してそうである。何故なら怒りは人の眼をくらまし、混乱させるから。

私は言った。「我が行く道に於いて慎むべし、言葉によりて罪を犯す事のなきように。我自らの前に邪悪なる我が口を注意すべし」

人々の合一の破壊者たることを恐れよ。言葉によって人々を互いに背かしめる悪感情を生ぜしめることを恐れよ。