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| 聴 法 録 309 |
聴法録309-1
人生を粗悪に建設してゆく重なる原因は、偽りの信仰である。
人の生活は、その人自身の人生における智慧なきものを智慧ある物えと導くことの中にあるのだ。そしてこのためには二つのことが必要である。その一つは、生活のあらゆる意義の中に人生の智慧なきものを見、そしてそれから注意を外さないことである。他の一つは、実践的人生における智慧あるものを、そのすべての純粋に於いて知ることである。あらゆる智慧なきものそしてそして常にそれから流れ出るところうの人生の不幸を知ると、人は知らぬ間にそれから離れてしまう。そして他の一面からいうと実践的人生の智慧あるものをはっきりと知ると、人間は知らぬ間にそれに向かって進んで行く。そこで智慧なきための悪を隠さずそして智慧ある生活の恵みを、全て明らかに暴くと言うことが、人生における教師の為すべきすべての問題を形成していることは当然であるのだ。しかしながら、私達の世界の上席には、常に彼等の為すことが悪であるために明るみえ出られない所の人々がすわっている。そこでこの世の教師と名乗っている人々は常に、人生の智慧なきものと智慧ある理想とを明らかにすることに努めないだけでなく、その反対に人生の智慧なきものを隠しそして智慧ある理想に対する信頼を掘り返すことをしているのだ。
そういう事が私達の世の中に於いて行われている。この世の人々のあらゆる活動は、人生の智慧なきものを隠すと言うことから成り立っている。
もしもただ、悪を隠すという目的を持ちそして悪を大きくさえしている所の、すべてのこれ等のために用いられている精力の百分の一さへーいかに運命的な形に於いて、これ等のあらゆるものが、悪を隠すというだけでなく、却って新しい悪を生みそして転がってゆく雪だるまのように不可避的に悪を大きくしていくかと言うことを見ることは、まことに興味がある。
不正なる信念の要求に服従することは、人間の不幸の重なる原因である。
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