聴  法  録  310

聴法録310-1
自分の内なる天命を行ない、そして自分の精神の関する限りにおいて神の法則を行なうことによって、人間は気のつかない間に、社会生活を善くすることに奉仕するものである。

どうして貴方方はそんな憐れな状態において徒に自分を苦しめているのか。貴方がたは善を欲しても、どうしてそれを得るのかと言うことを知らないのである。人生を与えるものだけがそれを与え得るのだと言うことを知れ。貴方方は、神なくしては何物を得ることも出来ないのである。貴方方は情欲の床に転々としながら、一体何を発見したか。貴方がたは、或る時には暴君を亡ぼした。しかし他の、より以上に悪い暴君が出て来た。貴方方は奴隷制度を廃した、しかし又新しい血の制度とそしてまた新しい奴隷制度が生じた。神とあなたとの間に立っている人間を信じるな。その人間の影は貴方方から神を隠すから。これ等の人間はただ悪しき意志を持っているだけである何故なら自由の力は神から来たり、ただ神からの統一的な愛は来るものであるから。自分の考えとそして自分の意志の法則とによって貴方がを導く所の人間は、智における正義と心における慈悲との王国である。この王国の基礎は、神に対す信仰であり基督の教えに対する信仰である。基督は神の法則を即ち正義と慈悲との法則を解き明かしたのだ。正義の法則は、神の前そしてただ一人の師基督の前に於いては、すべてのものが一つであることを教える。慈悲の法則は、ただ一人の父の子としてそしてただ一人師の弟子として互いに愛し合い互いに助け合うことを教える。
しかしながら、「私達以前には誰も正義とは何であるかと言うことを知らなかったのである。正義は私達から生じる。私達を信じよ。しからば私達は、お前たちを満足させるような正義を打ち立てるであろう」と貴方方に語る人々があったら、それは貴方方を騙しているものである。もしそれが真実に貴方方に自由を約束しているのであったら、自らを騙しているものである。何故なら、その人達は貴方方が彼等を主人と認めることを欲しているものである。そしてその時、貴方方の自由は唯これ等の新しい主人に仕えることの中にのみ、あることになるであろう。彼等に答えよ。貴方の主人はただ一人の神でありそして貴方がたは他の主人を欲くしない、そして神のみがあなた方を自由にするものであると。

一つの皿から他の皿へどちらも分量が平均するまで水を注ぎ入れることが出来るように、智慧というものもそれを一杯持っている人から持っていない人へ注ぎ込むことが出来るような性質を持っていたら都合がいい。しかし他人の智慧を受け入れるためには、自分一人で努力することが何よりも必要なのだ。

もしあなたが人に善を教えることが出来てもそれを実行しなかったら、兄弟を失うであろう。もし人があなたの教えを受け入れる意向を見せないのに、その人にそれを押し付けたら言葉を失うであろう。賢き、そして人の上に立つべき人は兄弟も言葉をも失なはないものである。

神の意志をなし遂げつつ、人生における自らの仕事をなせ。そしてそうすることによってのみ、最とも豊かなる形に於いて、社会生活を善くする仕事に協同し得るのだと言うことを信ぜよ。