聴  法  録  326

聴法録326-1
物質的な世界に於いて完成される全てのことは、思想の世界にその根源を持っていたものだ。そして、その為に一つの事実に対する説明は、事実に先行する事実の中にではなく、事実に先行する思想に中に求められるのだ。

何について考えなければならないかと言うことと同じように、何について考える必要がないかと言うことも重要である。

私達の生活は、私達の思想の結果である。私達の生活は、私達の心の中に生まれそして私達の思想の中から出るものだ。もし人が、悪しき思想をもって話し或は行為したら、――苦悩は絶えず、たとえば車を曳く牛の踵の後の車輪のように彼の背後につきまとうであろう。私達の生活は、私達の思想の結果である。私達の生活は、私達の心の中に生まれそして私達の思想の中に作り出されるものだ。もし人が善き思想をもって話し或は行為したらーー喜びは、決して自分を見捨てる事のない影のように彼の背後に付きまとうであろう。

人間は生活状態によって変わるものではない民族は自分たちに大きな物質的な満足や報酬を示されることによって、元気づきはしない、心が、肉体を作り出すのだ。ただ思想のみが、自分にとって価値ある生活を打ち立ててくれる。

私達の持つ思想が、善いか悪いかに従って私達を極楽かあるいは地獄は、天上や地下にあるのではなく、この人生にある極楽であり地獄である。

思想は、自由であるように見える。しかし人間の中には、思想よりも力強く、そしてそれを支配する何かがある。

自分の中に於いて或は他人の中に於いて打ち立てられた生活の歩みを変える為には、いろいろな事件とではなくその事件を生んだ思想と争闘しなければならない。