聴  法  録  329

聴法録329-1
人の悪口を言うことを、人々は非常に好むものだ。自分の仲間どうしの交わりを気持ちよくするために人の悪口を言はないでおこうと思っても、それが大変困難なことなのだ。

二人の人間がけんかしている時は、何時でも二人とも悪いのだ。

隠れて私の悪口を言う人は、私を恐れているのだ。目の前で私を褒める人は、私を軽蔑しているのだ。

他人を裁くあらゆる人間は許されない。貴方も同じである。何故なら、たとえいかなる裁きにもせよ、他人を裁くことによって、貴方は自分自身を非難していることになるからである。他人を裁きながら、貴方もその人と同じようなことをやっているのだから。

人を裁くな、人を裁かなければ、裁かれるものにもならないであろう。何故なら、人を裁いた裁きで自分も裁かれるものとなるからだ。人を測った量りで自分も測られるからだ。そして同胞の眼の中に枝を見て、貴方は自分の眼の中に梁を感じないのだろうか。さあ、お前の眼の中からその枝を取り除いてやると、同胞に向かって行っても、自分の眼の中の梁をどうするのだ。それは偽善者である!何よりも先に自分の眼の中の梁を引き出せ。その後に、同胞の眼からいかに枝を取り除くかと言うことが解るであろう。

他人の誤りを見出すことは容易だが、自分の誤りに気がつくことは困難である。人々は他人の過失について何とか噂をするのを好むけれども、自分の過失は、賭博師がいかさま骰子を隠すようにかくす。人は、何時も他人の悪口を言う傾向を持っている。人は、何時も他人の過失を見つけることにのみ拘わっている間に、彼の噴怒はますます大きくなって行き、彼自身はだんだん悪い状態に落ちてゆく。

他人に対する悪口で、貴方の口を汚すな。他人を傷つけるために言った言葉は必ず又あなたの上に帰ってくる。そしてその返しが大きければ大きいほど、貴方は又ますますひどい悪口を考える。もし自分の言葉がどうしても他人を気付つけることをやめないなら、口へ錠を下ろせ。そのために身体を痛める事など恐れるな、何故なら悪口は人々を傷つけると言うが、それは悪口をいはれた人ではなく、悪口を言った人を傷つけるものであるからだ。

絶えず自分自身に注意せよ。そして他人の悪口を言う前に、自分自身を修養することを考えよ。

もし他人の悪口を言いたいと思ったら、それが貴方自身の心に対して及ぼす害を考えよ。そしてそれが神に背くものであることを考えよ。その時、貴方の心は平静になるであろう。

悪口や確証のない非難を避けよ。その時、貴方の口に出す言葉は常に、真理の武器として役立つようになるであろう。


悪口は一度に三人の人間を傷つける。悪口を言われた者悪口を伝える者しかし一番ひどく傷つけられるのは悪口を言ったものである。

他人の悪口を言うことを止めよ。そして酔いどれが酒をやめた時、或いはタバコ好きがタバコをやめた時に似た感情を経験せよ。それは特別な清浄な感情である。そして本当に始めて、それに付属するいろいろな悪習に変えることが止むであろう。