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               聴 法 録 33

聴法録33-1

無常だからこそ今日一日が有難い。
お釈迦様は、無常を説かれた。
この世のすべて、常なるものは何もない。
人間に生まれた以上は必ず死ぬ。
生きていれば年を取る。また病気にもなる。
生・老・病・死の四苦は、誰も逃れられない事実である。
よく仏陀は、いのちを大切にとか、人間に生まれたことを喜びなさいと説かれたと思っている人も多いかもしれない。
しかし、そうは説かれていない。
初めから人生は喜びいっぱいであると言うよりも
むしろ苦を背負って生まれてきたのが人間であると説かれている

だからこそ、今いのちいただいて生かされてあることが尊いといえるのである。
無常だからこそ、

聴法録33-2

「ああ私は生き詰まった・・・」
子供の上にもこれがある
大人の上にもこれがある
しかし自暴自棄してはなりません
浮くも沈むもこの時です
家を出るにも及びません あわてることもいけません
自殺などとはもっての外です
じっと忍んで道を聴け
生き詰まった時わが相のほんとが見える
友の一言も飢えた心の食となる
行き詰まったそのどん底から必ず必ず道が開ける
そこに開けた道だけがあなたの真実の道なのです
この道を見いだせた時
あなたはもっと力が生まれます
人生創造とはこうした世界の連続です


「一日の行事尊重すべし 一期の行歩尊重すべし」
凡夫は時の移るままに 今日一日 今日一日を無自覚に過ごし
そして一生を無意味に終わる
しかし 無意味にしたことも やがては それが大きな意味をもって迫り 苦悩の大因となる
我を反省すれば だれでも思い半ばに過ぎたるものであろう
他日泣かねばならぬ種は大概そこから発している
とにかくにも 今日一日だけ 石橋を叩いて渡る気
水さえ噛んでのむ気 足もとに気をつけて歩ませていただく
大法を憶念しつつ 我が心の相 口の言うところ 手のするところ
今日一日気をつけて生きさせていただこう
一生を台無しにするような大失敗も
一生を輝きあらしめるような出発も
或る日の今日なされるのである