聴  法  録  333

聴法録333-1  大事
人間の中に、神の心が宿っている。

生まれから清き者でなければ、神の王国を見ることは出来ないであろう。

徳性の完成から生まれる智の光は、先天的な道徳となずけられる。智の光から生まれる徳性の完成は、後天的な神聖と名づけられる。徳性の完成には、智の光が必要だ。智の光のためには、徳性の完成が必要だ。

愛と智とは、二つの側面である。この二つの側面によって、私達は神を考えることが出来る。

「心は飽くことを知らない」
つまらない男が、どこかの王女と結婚した。その男は王女を光輝と名誉の中に祭りこもうとしたが、駄目だった。王女には何もかもが、下らない、注意するにも足りない者に思われた。そこで王女は、いつもただ自分の高貴な生まれについてばかり考えに耽っていた。心もこの通りであるーー人間が自分の心を、地上的な満足のみで取り囲んだら、心は満足することがないであろう。何故なら、心は天の娘であるから。

たとえ人々が、善とは何であるかと言うことを知らなくとも、人々は自分の中にそれを持っているのだ。

絶え間なく、心の高き状態に達するように努める時、あなたは何よりもよき行いをしているのでありそして何よりも大きな幸福を受けるであろう。心の高き状態には、貴方の努力でいつでも達することの出来るものである。
手を空まで上げることは愚かである。神社の神主に、自分のいうことをよく神様に聴いてもらうために神像の耳のそばまで行くことを許してくれと頼むのは愚かである。神は、あなたの身近にいるのだ。貴方の側に、貴方の内にいるのだ。そうだ。私は確言する。私達の内に、あらゆる善と悪との証明人であり見張り番である所の神聖な精神が宿っていることを。それは私達と共に歩む。私達は又それと共に歩んで来たのだ。何人も、神なくしては善たり得ない。ただ神の助けによってのみ、幸福と不幸とを超えた上の方にいることが出来るのだ。神一人から、偉大にして至高なる決定がおくられる。
あらゆる徳性的な人の内に、神は宿っている。


貴方は人間の心と言うものを見たことがない様に、神を見たことがない。しかし貴方は、神のすべての創造物の中に神を見ることが出来るのだ。そして又、貴方は自分の心の中の神の力を知らずにいることは出来ない。その力は心の創造的な能力の中に現れる。そして記憶の能力と完成に向かって永遠に進んでゆく能力の中に現れる。

心はそれ自身が自身に対する証明である。心は心自身に対する避難所である。人間の内面生活に対する高き証明である所の、公平なあなた自身の心を傷つけるな。

人間の中に神が住んでいると言うことを心に留めておくことは、何物よりも強く人間を悪から遠ざけ、善をなすことを助ける。