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| 聴 法 録 335 |
聴法録335-1
善き生活はただ、緊張した注意と絶え間なき努力とによってのみ得られる。
神の天国は努力の中に得られる。そのために必要な努力は、人々の喜びとなり得るものなのだ。
絶えず小さい義務を成し遂げてゆくためには、英雄に劣らない力が必要である。
線路を歩いて行きながら、歩き続けてゆかれるかどうかと疑う人は、道徳とは何であるかと言うことを知りながら、その真実を疑う人と似ている。その人が疑へばもうその道を歩いてゆくことは出来ないのだ。私達が、この世に生きている間は、いろいろな疑いがあるであろう。しかし私達は、自分の行く先に断崖の上の小道があることを知ってもその道を歩いて行く人のように道徳の道を進んでゆかねばならぬ。
貴方にとって偉大なものそして善きものがあっても、それは決して一度や二度呼んだ所でやって来るものではないし、困難のない容易なことに見えるものでも客間の中に現れるものでもないーー神の道はイバラと険阻の道である。
求めよ、与えられるであろう。探せよ、見出すであろう。叩けよ、開かれるであろう。何故ならあらゆる求める者は得、探すものは見出し、叩くものには開かれるものであるから。
何よりも道徳に背かない生活を送るように努めよ。それは何よりも困難なことかも知れない。しかしそれは慣れれば慣れるほど、何よりも大きい喜びとなるであろう。
一杯入ったコップから水がこぼれないためには、注意深くコップを上に持っていなければならない。真直ぐに持っていなければならない。刃を鋭くするためには、絶え間なく砥石にかけなければならない。
幸福がほしいならば、神の法則を成し遂げよ。神の法則を成し遂げることは、ただ努力によってのみ可能である。この努力は、生きることの喜びとなって自分に帰って来るだけではなく、この努力自身は、神の仕事に参加しているのだという意識を与えてくれる。
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