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| 聴 法 録 338 |
聴法録338-1
人間が自己否定の考えを持つことが多ければ多いほどますます大きい影響を人に与えることの出来るものである。自我は神を隠している被いである。
ただ神のみ愛し、ただ自我をのみ憎むことが必要である。
私は、再び受け入れ直すために自分の生命を投げ与える。神はそれ故に私を愛してくれる。
誰も私から生命を取り去ることは出来ないが、私自身は自分の生命を投げ与える力を持っている。そして生命を再び受け入れ直す力を持っている。この教えを、私は天なる父より頂いたのである。
死後は、高貴な宗教的な精神がかかわることなくなくなってしまうだと考えることは、人間の無知である。
正義をのみ、常に求める人に至上の幸福は与えられる自己否定は、何よりも力強い人であることを意味する。そして何物にも誘惑され得ない世界は、その人の足下にあるであろう。
もし自我、自我の意志を否定できたら、全てのことが容易にそして善くなってゆくであろう。
自我を否定する人にのみ、教えの言葉は読み入れられる。
自分の心をしっかり握りしめている者は、それを失う。神のために自分の心を捨てるものは、それを得る。
現世的なもの、名誉或は肉体的なものの中に自分を見ない人は、まことの人生を知る人である。
絶対的な自己否定の生活の結果について、精神と肉体に及ぼした尊い影響を否定しようとし或いは否定する勇気を持つところうの如何なる智者も正直者もないであろうと。
途中で自分の事を思い出して話を止めると、思想の糸を失ってしまうだろう。私達がすっかり自分の事を忘れ、自我から脱却しきった時にのみ、私達は、他人と充実した交際をし、他人への奉仕、そして他人に対する影響を充実したものにすることが出来る。
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