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| 聴 法 録 348 |
聴法録348-1
愛は、愛を行なう者に精神的な、内面的な喜びを与えるのみでなく、世界の生活を無上の喜びとするための重要な条件である。
愛とは、特殊な一個人への愛ではなくして、万人を愛そうとする精神の状態であるのだ。その状態の中に、私達は、私達の心の神(内在する真実の生命)に属する本源を認めることが出来る。
貴方が感じている心の楽しき状態、−−これが貴方が隣人に盡すことによって得た隣人の贈り物なのである。―(東洋の聖言)
人の愛を得ようと努めるな。愛せよ。その時、愛されるであろう。
この世で出会うことを嘆くことなく、ただ慈悲深くあれ。忘恩を――恩恵に、侮辱をーー許しに転ぜよ。それは高貴な魂の聖き錬金術であるのだ。そしてそれは容易に習慣的になさねばならぬ。そして人々がそれをごく自然的なものと考え、誰もそのために貴方を褒めることがないようにならねばならない。―(アミエル)
愛するとは―愛する人の生活の中に生きることを意味する。
聖者は自分自身の感情を持っていない。人々の感情が彼の感情である。彼は善きことには、善きことを以って報いる。そして悪しきことにも、善き事をもって報いる。彼は信じる者には、信用をもって報いる。信じない者にも、信用をもって報いる。聖者はこの世の中に生き、人々との関係に心を労するものである。彼は万人のために感じる。それ故に、万人が彼に心と目を向けるのである。
―(老子)
愛は私達に、秘密の幸福を教えてくれる。それは、自分自身及び他のあらゆる人々と結合して生きることである。
愛なしには如何なる仕事も利益をもたらすことは出来ない。すべて愛によって呼び起こされた仕事は、それがよし小さくあり、空しいものに見えても、ゆたかな果実をもたらす。
宗教は、愛の最高の形である。―(パルケル)
愛は、私達の心の最もよき現れである。
人が多く愛すれば愛するほど、他の人々がますます彼を愛する。他の人々が彼を多く愛すれば愛するほど、彼は他の人々を益々容易に愛することが出来る。それ故に愛は無限であるのだ。
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