聴  法  録  350

聴法録350-1
死ぬ時、人間は一人である。孤独の時、人間はまことの自分自身を感じる。生活の、あらゆる内面的なものを感じる。

僅かな輸入しか必要としない国、或いは全然輸入を必要としない国は、最も幸福な国である。同じように、自分の内面的なものの富に満足し、生活のために外から来るものを僅かしか必要としない人、或いは全然必要としない人は、最も幸福な人である。外から来るものは常に高価であり、負債を生み、危険をはらみ、悲しみを生むものである。そして結局、自分自身の土地からできた産物の代用には、殆どならないものである。他人から、そして外から来るものには、たとえいかなる関係があろうとも、多くを期待してはならない。ある人が他の人の為になり得ることは、非常に狭い額縁の中に限られているのだ。そして結局、あらゆる人は自分自身と共にいるものである。そして人が自分自身と共にいるものである。そして人が自分自身と共にいる時に、誰かと共に居なければならないようになったら、問題はそれが一体誰であるかと言うことである。―(ショペンハウエル)

もし私達が、何か不快なことに出会うか、あるいは何か困難な状態に陥ると、私達はそのために自分以外の他の人々を或いは自分の運命を、非難する傾向をもっている。しかし、私達に関係のないように思はれる何か外部的な事情が不快となり困難となると言うことは、私たち自身の中に何か狂ったものがあることを意味しているのだ。このことを考えなければならない。―(エピクテタス)

人は自分の行為を、自分で支配し得るのである。自分自身の中に見出され、自分が生きている間発達してゆかなければならないものーーそのもの以外に善があるとは考えるな。―(エマースン)

貴方は、自分で悪を為して自分で苦しんでいるのだ。自分で罪から逃れることによってのみ、不幸を清め得るのだ。清浄となるのも不浄となるのも、自分自身の如何に寄るのだ。誰も他の人は、貴方の救い手となることは出来ない。―(仏陀の言葉)

感情と肉体ーー人はそれを自分のものと考え、その為に絶えず悲しまされている。しかし、貴方自身、貴方の本質は、−−精神の中にあることを知れ。この意識に浸透し、精神を肉体の上におき、人生のあらゆる外面的な泥濘から精神を守り、肉体をして精神を苦しめることなく、そして肉体に生活を支配せしめることなく、精神の生活と合流せよ。その時貴方はあらゆる真実を成し遂げ、神(真実の生命)の力の中に平和に生きるであろう。そして自分の存在の意義を果たすであろう。―(オウレリアス)

あらゆる人間には、深い内面的な生活がある。そしてその本質は、他人に伝えることの出来ないものである。時々、それを他人に伝えたいという考えが、生じてくる、しかしそれは不可能であるし、必要もないのである。その内面的な生活の本質が欲するものは、神(内在する真実の生命)との交わりである。この交わりを打ち立てよ。そして貴方の、その神(内在する真実の生命)との秘かな交わりを破壊するな。