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| 聴 法 録 351 |
聴法録351-1
私達は、すべての人々と精神的な結合をもっているだけでなく、生きとし生ける全てのものと離れべからざる結合の中にいるものである。
或る人が或る時、私に向かって言った。あらゆる人間の中には非常にいい性質、愛情がひそんでいる、が、同じように非常に悪い性質、邪悪がひそんでいる。そういう生まれつきを持っているために、人間は時としては前の方の性質を、時としては後の方の性質を現わすものである、と言った。これはまったく本当のことであるのだ。他人が苦悩している様子を見ると、他のいろいろ違った人間と言はなくとも、一人の人間の中に於いても或る時はそれに対して無限の同情が起きる。が、他の時にはそれを見て、最も残酷な喜びにまで達し得るような満足味わうものである。
私自身に於いても、すべての存在を心からの同情をもって眺める事がある。が、時としては全然無関心をもって、そして又すぐに険悪をもって或いは怨恨を持ってさえも眺める事があるのである。
これはすべて、私には二つの違った或は互いに相反する認識能力が存在していることを明白に証拠立てているものである。その一つは、基本として利己主義、被協和主義、排他主義を持ち、あらゆる存在を全然見知らぬもの、全然自分以外のものと見るものである。その時、私達は他の存在に対して、無関心、嫉妬、険悪、遺恨と言ったもの以外のものを感じないのである。
そしてもう一つの認識能力を、私は、私達があらゆる存在と一つであるという意識から生ずる認識、と名づけたい。この認識能力をもってすれば、あらゆる他の存在は、自分達の自我と同じものであるように思はれるのだ。そしてそれ故に、すべての者の様子が、私達の中に同情と愛とを呼び起こすのである。
前者の場合は、私達を破り難い壁をもってお互いに引き離す。後者の場合は、その壁を破壊して、私達は一つに融合する。後者の認識能力は、あらゆる他の存在は自分であると感ずることを教える。が、前者の認識能力は、あらゆる他の存在は自分でないと言うことを教えるのだ。―(ショペンハウエル)
あらゆる人々は、一つの根源を持っている。そして一つの掟に属し、一つの目的に運命づけられているのだ。
そしてそれ故に、貴方方には一つの同じ信仰、一つの同じ行為の目的、その下ですべての人間が戦うべき一つの同じ旗を持っているのだ。行為、涙、苦悩は、世界中のすべての人々に通じる言葉であるのだ。すべての人々が解し得る言葉であるのだ。
―(マドジイニ)
人生のあらゆる瞬間に於いて、私達は、他の人々から区別するものでなく、すべての人々と共通したものを探し求めるように努めねばならない。―(ジョンラスキン)
アフリカの黒人が私達の同胞でないというだけではなく、猿も犬も馬や鳥も私達の同胞でないと言うことは出来ない。猿や犬や馬や鳥が私達にとって関係のないものであったら、アフリカの黒人も私達にとって関係のないものと言わざるを得ない。そしてもしアフリカの黒人が私達にとって関係のないものであったら、皮膚の色の違うすべての人々は私達と関係のないものと言うことになるではないか?では誰が私達の隣人なのだ?人間だけでなく、生きとし生けるものに関するこの質問について、サマリヤ教徒の言葉が唯一の答えを与えている。それは誰が自分達の隣人だなどと訊くことなく、生きとし生ける全てのものに善をなし同情せよ、と言うことである。
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