|
|
| 聴 法 録 352 |
聴法録352-1
もし人が自分の心の中に神(内在する真実の生命)を知りそして神(内在する真実の生命)を感じたら、自分はこの世界のすべての人々と結合していることを知りそして感じるであろう。
すべての人間は一つの家族に属しているのだ。一つの根源に、一つの自然に属しているのだ。すべての人間は一つの光の中に生まれ、そして一つの中心、一つの幸福を目指しているものなのだ。この偉大な真理、そして全ての宗教の中に存在している所の、この私達にとって最も偉大な真理は、理性によって承認されるものだけでなく、私達の天性の最も深い本能と考えられるのだ。
―(チヤンニング)
高き者を崇める人ーーその人の心からは、ガス灯の光が太陽の光に照らされて消えるように、傲慢が消えてしまう。心が清らかで、傲慢を失った人、親切で単純で率直で、すべてのものを友の如くに見る人、すべての人間の心を自分の心の如くに愛する人、すべての人間の向かって同じように優しさと愛を以って対する人、善きことを為そうと欲し虚栄を捨てる人ーーかくの如き人の心の中には、神(内在する真実の生命)が住んでいるのだ。
大地が、自分が育てた美しい植物によって装飾されるように、世界は、その心の中に神(内在する真実の生命)が住んでいる人々によって装飾される。ー(ウイシヌウ・プラナ)
貴方の中にも、私の中にも、すべての他の人々の中にも人生の神(内在する真実の生命)が存在している。貴方が私を叱りつけても、私が貴方の側へ行くのを我慢ならないと言っても、無駄である。私達はすべて同じ人間であることを知れ。それ故どのように貴方の地位が高くても、傲慢であることは出来ないのである。
ー(インドの聖典)
精神の中に、地上的なものの本源の痕跡を見出すことは出来ないのである。精神の中には地上で組み立てられ、生産され、形作られ得るものはなにも無いのである。精神の中には、水や空気や火と同じ種類のものはないのである。少なくとも水や空気や火と言うような要素の中には、記憶し理解し思索し、過去を確かめ、未来を見通しそして現在を獲得し、思考する能力はないのである。
これ等の能力の特質はすべて、神(大いなる真実の生命)にのみ属するものである。貴方は決して、これ等の能力に対して、神(大いなる真実の生命)以外の本源を示すことは出来ないのである。
そして又、普通一般の事象的な元素から区別され得る元素がある。それは明らかに精神的な元素である。それ故に、すべての人間が、感じ思索しそして生活し行為するものである以上、それは神(大いなる真実の生命)に属する本源を有しているものであり、それ故に当然に永遠に属するものでなければならないのである。
神(大いなる真実の生命)は、混合したすべての必滅的なものから自由にされた精神である。それ以外に考えようはない。人間の精神も、その点に於いて神(大いなる真実の生命)に等しい。
―(シセロ)
一つの偉大な思想が、私の心を占めている。その思想と言うのは、私の心が偉大なものであると言うこと、それは神(大いなる真実の生命)と結合しているものである云う意識である。しかしそれは、私の心が神(大いなる真実の生命)に従属しているという受動的な原因からでなく、私の心が神(大いなる真実の生命)を受け入れる能力を持ち、完成する能力を持ちそして私の心は破壊すべからざる偉大さに向かって運命づけられているという能動的な原因から生じているのである。私の心が不滅のものであるという原因から、生じているものである。―(アミエル)
貴方自身の中に、善の源泉があるのだ。それは、いかに貴方が汲み上げようとも涸れる事のないものである。―(オウレリアス)
人間の心は、神(大いなる真実の生命)の理智の姿を映し得る鏡であるのだ。―(ジョンラスキン)
人間が正義を守れば守る程、神(大いなる真実の生命)の近くにある。神(大いなる真実の生命)の豊饒、不死、偉大は、正義と共に人間の中へ入ってくるものだ。―(エマースン)
すべての人間は、精神的な存在である。そしてお互いに最も近いものであり、兄弟であるのだ。すべての人間は一人の父の子供である。それ故に、隣人を愛しないことは、寧ろ不自然であるのだ。
|
|
|