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| 聴 法 録 362 |
聴法録362-1
我れ生きるに非ず、我が内なる真実の生命生きればなり。この事を信じる程度に従いて、真実の生命は、感応し、現成する。
見えないものを見、聞こえないものを聞き、知り得ないものを知る
この事を探し見出し一体化する。
真実の生命は、永遠の生命なり。永遠の幸福なり。
智慧の光明計りなし。
真実の生命は100%であり、私は0%である。全て皆真実の生命
なり。
私は、真実の生命の分身なり。真実の生命の道具なり。表し働きになりますように。
私は、0%である。私の物は何一つもなし、全て皆、真実の生命の
働きなり、表し働きになりますように。
私の内に内在する真実の生命(本来の生命)と生まれてから死ぬまでの生命、自我(生来生命)自分中心考え、想像、欲望、名利
好き嫌い、善い悪い、損得等。本来の生命と生来の生命のせめぎ合いの中で本来の生命【真実の生命)に向かって一生懸命生きることこそ大事である。
苦、病、老、死は、真実の生命を育ててくれる。
私は、煩悩具足の凡夫なり。私は、愚かなる人間晃である。
私は、悪人の晃である。私は、悪そのものであり、私から出るもの悪以外何物もなし、なれど真実の生命の回向によって、救われている。
法を拠りどころとして他を拠りどころとしない。大いなる真実の生命
を拠りどころとして他を拠りどころとしない。内在する真実の生命を拠りどころとして他を拠りどころとしない。
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