聴  法  録  370

聴法録370-1
犬や猫や馬は、生まれた時から、犬は犬であり、猫は猫であり、牛は牛であり馬は馬である。ところが、人間は、人間の子として生まれただけでは、まだ「本当の人間」」とは言えない。生物学的には、「人間」であるが、「本当の人間」になるためには、もう一度「第二の誕生」をえなければならない。しかるに、現代人の中には、その「第二の誕生」をすることなく「空しく」生涯を終わってしまう人が多いのは、まことに残念なことである。宗教とは、そういう私達に、「第二の誕生」をさせて下さる教えである。
なんか今は、第一の誕生が流行ってみんな人間として騒いでいるわけですが世の中の豊かさと言う事もあり、第二の誕生を忘れて、真実の生命の願い、生命の声を聴く、という第二の誕生。これを取り逃がしている方が随分あるんじゃないでしょうか。

人生は、自分を信じて生きるか。
内在する真実の生命を信じて生きるか(第二の誕生)。
どちらかである。
自分を信じて生きるとは、自己肯定であり、自分中心であり、自己保身である人間は、誰でも自分を信じてしか生きていけない。自分が一番大事であり、一番可愛いい。それだけで生きていると苦悩は絶えることはない。なぜならば、自分一人で生きているのではないから、それからもっと大事なことは、自分の中に内在する真実の生命に目覚めよという、小さな、静かな呼びかけがあるから、意識するしないにかかわらず、心の底から小さな静かに、自分中心のの世界は、仮の世界であり、内在する真実の生命に生きよと、それがこの世に生きる本当の目的であると、仮の世界にのみの自分中心の世界に生きていると、苦悩が絶えることなく、空しく過ごして、人生を終える。


自分が生きているのではなく、生かされて、生きているのだと、早く目覚めてくれと願われているのだと、そして必ずそのことに、目覚めてくれると、信じられている。大いなる真実の生命より、信じられ愛されているのだ。これが感謝と喜びであり、真実の幸福である。この事にきずいて幸福になってくれよと、願われている私である。
真実の生命は、生まれたままの凡夫であると承知して必ず目覚めてくれると信じて、愛してくれている。そのことに気付かず、自分中心に生きている。でもこんな私でも必ず目覚めてくれると信じて、愛してくれる真実の生命に感謝する。