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| 聴 法 録 373 |
聴法録373-1
この私は、何のために生まれ生きているのか?
それは、もう一人の私,内在する真実の生命に会うために生まれてきた。生まれたままの私は自己中心(自我)である。その中に内在する真実の生命の私がいる。その真実の私に会うために、この自我があり、その自我に構成されている娑婆がある。あらゆる苦悩は、真実の生命に合せるためにあるのだ。内在する真実の生命こそ、もう一人の私であり、永遠のいのちであり、智慧である。それこそ私が生まれてきた意味である。
この世間(娑婆)に構成された世界の中に、大いなる真実の生命がある。その真実の中に生かされている。そして大いなる真実の生命の働きによって生かされて生きている。内在する真実の生命に生き、大いなる真実の生命に生きる。これこそ生まれてきた本当の意味ではないだろうか。
今日、人々は、自己の本性以外なら何でも知りたがる。しかし不幸にも、自らの真の姿を知ろうとはしない。人に会えば「貴方は誰ですか」と問うても、「私は誰か」と自分に問うことはしない。だが、自分自身を知らない者には、「貴方は誰か」と問う権利はない。そして、真の自己が何かを自覚しない限り、至福に達することは出来ない。
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