聴  法  録  376

聴法録376-1
内在する真実の生命に生きるための努力
真理の道を探すのは愉快な仕事ではない。この仕事は、多くの場合不安と煩悶を伴う、だが、真理を探すのは、私達の義務だ真理を愛さず、これを遠ざけていると人類は滅亡する。真理は、時として私たちの眼前に現れるのであるが、私達は気がつかないのだ。真理を求めるのは、決して、考えるより困難ではない。むしろ、真理は私達の接近するのを待ち望んでいるのだ。

「我」は、大いなる真実の生命の働く器である。人間の真の幸福は大いなる真実の生命の働きの器となる事だ。その為には、真剣の努力が必要である。心からなる努力とは、人間が我という念を捨てて内在する真実の生命の私を清め、勇敢に正義の行動を開始する事である。

自己の意志によって、生きんとするのは、最も尊い、他人の意志によって生きるのは善ではない。自由な意志によって生きるためには、先ず、内在する真実の生命に生きる必要がある。そして、内在する真実の生命を生かさんためには、欲を押さえねばならぬ


人間のもっと尊い使命とは、動物的下等の天性を放棄し、次第に内在する真実の私の生涯に移ることである。

眼むりに飽きて目を覚ますと、働きたい心が湧いてくる。そして、人は労働を始めるまた私達が、浮世の苦痛に耐えられるようになったら、更に心をしめて労働を励むのだ。この場合は、肉体の力の一切を投げ出して、崇高な内在する真実の生命の生涯に醒めなくてはならない。

罪悪、誘惑、妄信には誰も強く反対せねばならぬ。一刻の躊躇もなく進んで行け。若し、瞬時たりとも、手を緩めると、彼らに征服される危険がある。

眼むりに飽きて目を覚ますと、働きたい心が湧いてくる。そして、人は労働を始めるまた私達が、浮世の苦痛に耐えられるようになったら、更に心をしめて労働を励むのだ。この場合は、肉体の力の一切を投げ出して、崇高な内在する真実の生命の生涯に醒めなくてはならない。

罪悪、誘惑、妄信には誰も強く反対せねばならぬ。一刻の躊躇もなく進んで行け。若し、瞬時たりとも、手を緩めると、彼らに征服される危険がある。

聴法録107-2

この世における人間の行路は、物質界に限られているようだ。家を建て、畑を耕し家畜を飼う。だが、この物質的生活はしてもしなくても大差はない。人間は、内の働きに重点を置くと内在する真実の生命の働きが旺盛になり、一切が人間の生涯に貴重な愛の形をもつようになる。

人が自分の悪い素行に気が付き、これを是正しょうと考えて生活を変えると、直ぐに良い生涯が始まる。と思うのは誤りである。人間の生活に於いて、簡単に変えられるのは、その外的条件だけである。これでは目的は達しられない。必要なのは、内在する真実の生命えの方向転換だ。が、これは並大抵の努力では不可能である然し、この努力によって、少しでも内在する真実の生命の生涯への兆候が見えたら直ちにこれに順応して生活を変えねばならない。ここまで来れば、大成功であるがこれでは未だ自己訂正の完成ではない。ただその人口に近づいただけである。