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| 聴 法 録 384 |
聴法録384-1
愛は現在のみにある
人間の生涯において、最も重要なものは愛である。愛は、過去にも未来にも無い、唯、現在にあるのみだ。
愛の要求が具体化されるのは、過去や未来に拘泥しないの行為の内に於いてのみだ。
愛は、内在する真実の生命の内に潜んでいる力である。だから、現存の如何なる瞬間に於いても、内在する真実の生命は具体化の力を持っている。
善には、現在あるのみで、未来はない。善である愛は、現在に於いてのみ発動するものだからだ。
未来を妄想せず、現在の自己と他の人との生涯を楽しく喜ばしいものとせよ。「明日の事は明日考えよ」という教えは真理である。現在は、こうして楽しく喜ばしいが、将来の事は、誰にも解らないのだ。現在における愛の行為のみが人間の生涯に必要である。
愛と善とは言葉上の相違こそあれ、その意味は同一である。愛は、他人の幸福のためにある。という裏書を持っている。将来に大いなる愛を約束したからとて、現在の愛を持たないものは、自己を欺き人をも欺くものだ。彼等の為に真の愛はない未来の愛と称するべきものはない。現在に愛を持ちえない人は一切の愛から離れた人である。
聴法録384-2
善を行なう機会があればその瞬間に行へ。明日に延ばしてはならぬ。死は一刻の猶予もなくやって来るからだ。
失った時は再び得られない。行った悪は取り消すことが出来ない。
善人であり仁者であり、又謹厳であるために善の行為を免巡してはならない。生涯における重要事は、病気であろうとも、死に瀕していようと、決して待っていない。世の中は絶えず転変しているし、人間のいのちは余りにも短い。私達に人の心を忖度している暇はないのだ。善を完成すために急がねばならぬ。
善行によって、愛を示す機会があれば、躊躇なく示したがよい。好機会を再び捉まへることは至難である。
善人は、自己の善業を忘れてしまう。彼は善行に多忙なのなので、昨日の善業を覚えている暇がない。
現在の生命にのみ、内在する真実の生命は住む、だから、現在は、人間には尊いのだ。この瞬間を浪費してはならない。この瞬間に輝く内在する真実の生命の力を覆い隠さぬために、人間は、その内在する真実の生命の全力を尽くして生きめばならぬ。
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