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| 聴 法 録 389 |
聴法録389-1
行為の正否
内容の如何を問わず、すげての行為に敬意を払う必要はない。然し、挙手傍観の態度を正当とする訳にはいかぬ。行為の正否、時と場所と条件にによって定まる。
生涯の内在する真実の生命化は、そう急ぐ必要はない。急ぐのは却って失敗を招く恐れがある。他人の労務によって与えられる慰籍は、内的の力を持たないのみならず、生涯を内在する真実の生命化するためには無駄である。
他人の労務によって、得られる驕籍を、無視し自己は自己の力によってのみ生活して行けるならば、人間の働きも徒労とはならない。人間の生涯に有害なのは、無駄なことも、為さずともよいことを行なうことである。
生涯の悪習を遠ざけよ
謹慎を、生涯の中心とする習慣を作るためには、肉と内在する真実の生命との区別を確然とさせ、肉の要求を抑えて、内在する真実の生命の要求を協へてやらねばならぬ。
内在する真実の生命が活気を失ってしまうと、肉体は周囲が与える影響となって踊り狂う、一人が欠伸をすれば、他の者にも伝波するし、情に燃えれば、他の者も熱してくる。こういう外部の刺激が、良心に反する行為の一つの原因である私達は、この点を十分注意して、外部の刺激に適当な制限を与えなければならぬ。
肉体のみに生きる人を斥け、内在する真実の生命に生きる人と接近するように、青年時代から、習慣づけて置くがよい。こうすることによって、肉の影響は容易に制限できる。この習慣を得た人は、円滑な生涯を送り得るだろう。
聴法録389-2
不謹慎な心と良心との争い知と欲との争いは、絶え間がない。人間が、智だけで欲を持たなかったら、心は常に安静であろう。然し、人間に智と共に欲がある。そのために智と欲との争いが絶えぬのである。これでは、静かな心を持続していることは不可能であるから、智と欲とが互いに矛盾しないように努めねばならぬ自己を尊ぶように他の人を貴び、自己のためのように他の人の為に、努力することは、生涯の重要事である。このためには、常に自己を自由にして置いて、何時でも働かせられるように、心の訓練を忘れてはならぬ。
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