聴  法  録  392

聴法録392-1
慎むべきは人の批難
汝ら人を裁く勿れ、そは裁かれざれんなり。己が裁く審判にて己を裁かれ、己の測るその測器にて己も測られるべし。汝等、如何なれば、兄弟の眼にある塵を見て、おのが眼にある梁木を認めざるや。視よ、己の眼にある梁木を忘れいかでか、兄弟に向かって、汝の眼より塵を除けと言い得んや。偽善者どもよ。先ず、己が眼より梁木を取り除け。さらば汝の眼は明らかになりて、兄弟の眼より塵を取り除き得ん。

私達は、他人の罪悪を見て非難するが、その罪悪は常に自己の行為中にもあるのだ。外観は美しいようだが、善く調べると、他人の罪悪よりも更に悪性のものが自分の内に潜んでいるのに気がつく。


他人の罪悪に気がついた場合でも、それを摘発せず、穏やかにその是正を計るようにせよ。若し、それが自己の体験でなく、第三者の言葉によるものならば、尚更だ。

人を裁くのは、いかなる場合でも正当ではない。何故ならば、裁かれる人の心中にその当時、如何なる考えがあったか、知り得ないからだ。