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                聴 法 録 4

聴法録4−1
私のこと
この世界を、人生における、一切の日常的、世俗的な価値をそらごと、いつわり、へつらい、思い上がり、まことあることなしと思い知り、それを真実の中に向かって、選び捨てていくこと。

そらごと・・・・・無常
         世の中のことすべて変化する。そのままその状態にあることはない

いつわり・・・・虚妄
        常に自分が正しい として、自分を正当化する。

へつらい・・・・相手に嫌われないように、世の中の人に気に入るようにする。

思い上がり・・自分が正しい。金持であるとか、地位があるとか、よい学校を出ているとか、自分を優先する。

自己肯定・・・自分を絶対化、正当化する。

自分中心・・・自分がたえず、人に認められたい。自分を中心にして、物事を考え、言い、行為をする。

自己保身・・・自分が一番大事である。そのために平気で嘘もいい、人を落とし、自分の身をかばう。

この私はこれが自分自身の本性であり、本質であり、生地であると認識して、地獄必堕の身でrという事を、信知していくことがもっとも重要である。


本願のはたらきによって、「われ悪し」と目覚めたところにのみ、法は生きて働く。具体的には、本願を憶念して光明無量なる、真実の智慧によってとても助かることのない、我が身であるとわかった。
そこに聴こえてくるのが、真実の呼びかけなのです。何も取り繕う暇がないそのままでよいから直ちに帰れ。われに帰れ、我にまかせよ、という内在する真実の生命の呼びかけを、聴き続ける。生活がそこから始まる。

聴光(智慧)によって我が内なる闇を、徹底的に照らされ、破られた者にとって、そこから始まる生活は、限りなく内在する真実の生命の、名を聴き続けてゆく、内在する真実の生命の、名によって、呼ばれつづけてゆく歩みである。それが真実である。これが真実の生命不思議である。我々の分別心では思いはかることのできないものに出会った。大きな驚きである。

「内在する真実の生命の悲願はかくの如きの、われのためなりけり」
「内在する真実の生命の誓願不思議に、たすけられまいらせて、往生を遂ぐるなり」