聴  法  録  406

聴法録406-1
死は避け難い
キリストの教えの先覚者ヨハネは、私達のように迷えるものに対して「悔い改める」と教えた。即ち「考え直せ。さう漫然としているなら、必ず滅亡するぞ」という意味である。基督が宣教を始めるや否や「警醒せよ、そのままでいたら真の生命は滅びてしまうぞ」と呼んだ。又、キリストはピラトがガリヤ人を裂りくしたことを聞いて「彼等は他の人より罪が深いから遭難したというのではないが悔い改めなければ、汝らもこのような運命に逢着してしまうぞ」と教えた。
私達の眼前には、到底避け得られぬ死がついているから、死を忘れようと努めても、それは不可能だ。死は、我々を不意に襲ってくる。こうした場合、人間ほど惨めなものはない。だが、この恐るべき死から救われる道がただ一つある。それは、死に属する肉体の生涯を捨てて、内在する真実の生命の生涯に入る道である。


この生涯から、離脱して、私達の生涯を検討し、生命の安全ならしめるためには、一体何を為したらよいかを、客観したら面白いではないか。そして生命を安全にするために真理に遠ざかり、仮想の安全に籠絡されているのを発見したらどうらろう。これが真実なら、まさに人類の危機だ。この状態を続けると、私達は、真の生命を失はねばならない。富める者は金銭を以って、安全の保障を買わんとするが、富は箸移と偸人を誘発するのみで、真の生命には、何の益もなく、むしろこれを失い易いのである。精神的に薄弱な人は、生命を医術によって保障しようとするが、医師は人間の生命を緩慢に縮めるのみで、遂には真の生涯を破壊してしまうのである。このような不幸には、個人も民族も同じく逢着する。民族は、自由と生命の保護の為に武装するがこれは却って彼等を滅亡に導き、千万の若人は戦場の露と消え、民族そのものは自由を失ってしまう。