聴  法  録  417

聴法録417-1
謙虚なる人は和す
他人にどう解され扱はれようとも、悲しむことは少しもない。真に人を愛する心があれば、それで十分である。

水は山上に停滞せずして、麓に流れる。善人や賢者は高きに留まらず、低きに生きることを欲している。

善人は、自分の罪悪をよく覚えているが、善行はまま忘れてしまう。悪人は、自分の善行はよく覚えているが、悪行はすぐ忘れてしまう。自分の罪悪に厳格であれば他人の罪を容易に許すようになる

行為によって、その人格がよく解る。善を不断に行う人は、他人を善なるもの、智あるものとする。


話しをして気持ちの良い人は、自分を罪あるものとする義人である。接して不愉快な人は、自分を義人なりとする罪ある者である。

自信深く傲慢な人を敬愛することは、如何にも困難だ。謙遜な人は、他人に愛されて徳望が高い。だから世の強者であり、至宝である。

社会は、謙遜な人を敬愛する。敬愛されたいと思うなら、先ず十分に謙遜の美徳を養はねばならぬ。

私達の生涯を楽しく善なるものたらしめるには、私達の間に平和が張っていなければならない。私達が互いに上位に登り、人を眼下に見ようとするなら、決して平和などあり得ない。平和は、人々が謙遜であればあるだけ、堅固になって行くのである。