聴  法  録  418

聴法録418-1
謙譲は神(真実の生命)と人を融和させる
謙遜な人ほど力強いものはない。何故なら、彼は自己を捨てて、神(真実の生命)に則しているから。

キリスト教正教派の祈祷文中に「神(真実の生命)よ、来たり臨みて我等のうちに居れ」という言葉がある。実に鮮麗な言葉である。ここに含まれている意味は「若し神(真実の生命)が私達のうちに在ったならば私達に必要なものは総て備わっているであろう。神(真実の生命)が私達のうちに在るためには、私達は自分を小さくして、神(真実の生命)が住めるように、善い場所を準備して置かねばならぬ。私達が謙譲であって、自分を小さくしていると、直ぐに神(真実の生命)を迎えることが出来る。この幸福を得るためには、何よりも謙譲であることが大切である。」

自己を顧みて、小であり無知であると感ずることが深ければ、深いだけ神(真実の生命)の前には大となる。

「神(真実の生命)を尊敬する者の心から、傲慢は消滅する」と古語にある。太陽が天に輝いている時には、燈火の光がはっきりしない。心の清いもの、傲慢の気持ちのないもの、柔和なもの、常に素直なもの、何人をも友として親しむもの、人を愛すること己の如く為すもの、何人にも柔和と愛をもって接する者、善を行なっても決して誇らぬ者等の心中には、常に生命の王の宮殿がある。