|
|
| 聴 法 録 431 |
聴法録431-1
悪
私達の肉の生涯を破壊するものは悪である。私達の真の幸福は、内在する真実の生命が肉をさけた時に得られる。内在する真実の生命の幸福を得たものには、悪は存在し得ないのだ。
労苦は人生に必要である。
地上の生活における不幸を忍ぶことは、人間のためには、幸福である。 不幸は、人の心を清浄にし、正しき生活に導き、故郷を追われたものの如く、如何なる喜びにも心を奪はれぬようにするからである。汝の心が潔白であり、行為が徳義に満ちているにも拘らず、汝を罵り、反対するものがあるなら、汝は幸福である。
何故なら、人はこのような状態であると必ず謙遜になり、着実になり、虚栄を拒否するからである。心が潔白なら、神(真実の生命)と有無相通じることが出来て、私達を軽蔑し、増悪した連中から慰安が得られるようになる。
神(真実の生命)が若し、人間の生涯から恣くの喜びと、喜びの機会とを取り上げると宣言したら、私達は、先ず、この命令を入れるべきや否やを決するのに、迷うであろう。
息苦しい労働と貧困とが身に迫り、その苦痛が、心の悩みとなった時、何等の労働も苦痛もない安念な生涯を欲する念が猛然と起こってくる。だが、このような生涯を体験したものは、必ず労も貧も悲しみも危険もあった過去生涯が、たまらなく恋しくなる。全く、悲しみも恐怖も、リスクもない生涯は余りにも乾燥無味だ。若し、こんな生涯が地上にあったら、勝利の危険や故障、不成功などが消えうせて、生活の弾力や元気、リスクなどが無くなり、競争に打ち勝った喜びも得られなくなる。
かくして、生涯は、滑らかな、故障のない、希望と弾力の消え失せた空虚なものとなってしまう。そして、この生涯は、味のない遊戯の如く、瞬間にして飽きられる。
|
|
|
|