聴  法  録  445

聴法録445−1
「死を忘れるな」
多くの善を行なうとするならば、出来るだけ死のことを思い出せ。しかも活発に思いだすがよい。死が既に迫っているのだ。と考えていれば反徳行為や、自己欺瞞も行わず、不平も言わず、他人のものを横領しようとしないであろう。死の前日、即ち危機存亡の時に行う総てのことは、善事でなくてはならぬ。善事は、他人を援け、慰め、愛するであろう。この行為が、好結果を得るのは、死という思想が心中に熟している時である。

自己の行動の方法や是正に、疑義が生じた場合は「自分は今夜死ぬのだ」と考えようとすると、総ての疑念は消滅して、自己の取るべき方法が判然と理解できよう。

死の迫っているのを感ずると、人は大いなる真実の生命に祈り、罪を悔い、純白な心になる。私達人間は、毎日毎瞬間に於いて、少しづつ死を呼吸して、後には突然と倒れるのであるだが、倒れる瞬間など待つ必要はない。常に死への歩みを続けていることを考えて着々と準備を為せ。そして、死の準備とは、善生涯を送ることだということを忘れてはならぬ。死が、いつも人に迫っていることを信じるのは、絶えず豊かな得を持つように望むことである。死を迎える準備を出来た人で、悪い生涯の人は、この世にはいないであろう。

確実に、私達を訪れるものは死である。今朝か、正午か、今夜かのうちに死なければならぬという事実は、夏の後には冬が来たり、昼の後には、夜が来ると同じように明確である。私達は、四季を迎えるにも相当な準備せねばならぬ。まして、将に来らんとす死を迎えるための準備とは、一体いかなることか、それは外でもない。善の生涯を不断に送ることである。ただ善の生涯を送れば足りるのである。人間が、善に進めば進むだけ、死に対する恐怖が薄らぎ死を容易に思想することが出来るようになる。

死が既に汝の背後に迫っているにも拘らず、汝は未だに仮面を脱がず、欲に衰弱しているではないか。この世のことの多くは妄想である。人間の害にこそなれ、何等の利益をもたらさない。