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聴 法 録 45

聴法録45-1

自分さえ思うようにならないものが、他人を思うように動かそうとしていたところうに間違いがあったと気付いた。これは極重悪人です。僭越至極なんです。

南無すると言うことは、自分自身が、何も力がないくせに、他人のことをああこう心配している、自分の粗末さえ出来ん者が、他人のことをああこう心配しておる。そういう自分は間違いだと言うことをその人が分かった。それで南無がわかったわけです。 その人には、その人の業をもって生まれてきた。そういうことが初めて分かった。
聴法録45-2

真宗の欠点は、自分で努力せずに、努力の限界を見極めずに、努力はいかんと言う人たちが多いと言うことですこれが根本的な間違いであると思う。努力の限りを尽くして、その限界まで行ってみんことには、努力が、自力が、無効と言うことが分かるはずがない自力の限りを尽くして、自力の限りを知って、初めて他力に帰するということがあるのです。