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| 聴 法 録 471 |
聴法録471−1
人を救う場合に、窮迫の程度を調べたり、犠牲の多寡を考えてはならぬ。
黄金の良否を定める試金石のように確かなものが、私達の行為の善悪を定める場合にもあるだろうか。正しく思想する者にとってこの問題は困難なものではない。その心中には不知不識らずのうちに解決がついているのだ。そして、この決定は抽象的の形式によるものではないが、私達が左右の手を間違いなく定めるように、明瞭なものである。
人間は、常に二つのポイントに向かって進んでいる。一つは自己の生涯の善化であり、二は神に近づくことである。
生きているうちに、絶えず、他人の幸福のために努力せよ。だが、その行為を他人に喋らぬようにせねばならぬ。
甲の善行と乙の善行との間に、隙の無いように努力せよ。この如き生涯こそ、真に幸福な生涯である。
他人に多く与えて、自分は少しとれ。他人からは少なく求めて、自分からは多く支出せよ。
小さな悪を行なった場合でも、これを大悪と思って是正せよ。他人が行った善はよし小であろうとも大いなる善と思って感謝せよ。貧者にものを施すものには、神の祝福が豊かに下るだが、施す場合は、柔和であれ。この人には神の祝福を二重に享けるであろう。
善は出来るだけ多く行なえ。うまく善が行えたら、この好機会を神に感謝せよ。真の善行は、自分で善だと思わない行為中に多い。他人が生きるためには、自分の生活を忘れるようにせよ。
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