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| 聴 法 録 73 |
聴法録73-1
大木の根は軽い、荷馬車を支え動かす車輪は軽い。
しかし、大木も、荷馬車も、その軽いものを土台として、重厚さ、
安定が保たれている。静かさ、落ち着き、安らかさと言うものは、騒々しさ、落ち着きの無さ、不安を、その土台として生じるものである。
これらの事を知っている人は、決して重厚で安定した処から離れる事は無い。又、どれほど、華やかで心を奪う様な光景に出合っても、それらの喧騒に自らの静寂、安心を失うことも無く、超然としている。
一国の政治の指導者ともなれば、どうして自分の事ばかり考えて天下国家を軽んじることが出来るであろうか。
その様な事をすれば、天下国家を失うばかりではなく、自分自身、自分の主体すらも失う事になるであろう。
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聴法録73-2
自分の拠り所を、どこに置くか。安定したものは重厚である。しかしながら、その重厚なものの土台を為すものは、軽いものの集まりである。大木は根を土台とし、荷馬車は、車輪を土台とし、天下国家は万民を土台とする。その土台の一つ一つは総て軽いものである。
又、安心は、何をその土台としているのであろうか。それは、動き回って、落ち着きのない、不安定さを土台としている。安心は、それら不安を土台とする動き回って落ち着きのない状態を、静かで、動揺しない、落ち着きのあるものに変える事によって、安心を生じさせているのである。
もし、その土台を治めるものが、その軽いものを大切にせず、軽んじれば、どうなるか、当然、土台の秩序は保たれず、それに伴って人々の心は、落ち着きが無くなり、動き回り、不安が至る所に生じ、国家は、混乱と腐敗が蔓延する状況となるだろう。
ちょっとやそっとでは動揺しない重厚そのものの安定、安心状態を保ちたければ、これらの土台を成す軽いものをこそ大切にしなければならないし、静かさと言うものを軽んじて、欲望に我が身を任せて動き回り、自分の主体を失う様な事をしては、永遠に安定も安心も得られない事になるだろう。
安定、安心を得たければ、
軽を軽んじる事なかれ、静寂を離れる事なかれ。
拠り所を自らに求めよ。他に求める事なかれ。
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